榎戸誠の情熱的読書のすすめ -3つの読書論・ことばのオアシス・国語力常識クイズ(一問一答!)-

伊藤律の次男の手になる「伊藤律=スパイ説」への反論の書・・・【情熱的読書人間のないしょ話(554)】

【amazon 『父・伊藤 律』 カスタマーレビュー 2016年10月7日】 情熱的読書人間のないしょ話(554)

千葉・流山の「森の図書館」での、読み聞かせヴォランティアの打ち合わせ会に参加しました。散策中に、トノサマバッタの緑色型と褐色型をカメラに収めました。因みに、本日の歩数は10,208でした。

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閑話休題、『父・伊藤 律――ある家族の「戦後』(伊藤淳著、講談社)は、伊藤律の次男の手になる「伊藤律=スパイ説」への反論の書です。

「父・伊藤律は戦前来の共産党幹部でありながら、さまざまな方面からレッテルを貼られた男でもあった。いわく『生きているユダ』(尾崎秀樹)、いわく『革命を売る男』(松本清張)、いわく『ゾルゲと尾崎秀実らゾルゲ事件の関係者逮捕の端緒をつくった男』、いわく『権力のスパイ』(日本共産党)などおどろおどろしい表現が並ぶ」。

「しかし、父の死後、渡部富哉『偽りの烙印』、『伊藤律回想録』、『生還者の証言 伊藤律書簡集』などの発行がつづき、松本清張や尾崎秀樹、共産党などによって広く流布されてきた『伊藤律=スパイ説』はほぼ崩壊した。2010年になって占領下米軍情報部資料も発見されると、もはや伊藤律に貼られたレッテルの数々は消滅したに等しい状況となった。伊藤律冤罪説が通説になった」。

27年ぶりに中国から帰国したばかりの律と淳の会話から、淳の衝撃が伝わってきます。「『淳君、ぼくはどこにいたと思う? 監獄だよ。ぼくを投獄したのは野坂(参三)で、最後の査問にきたのは袴田(里見)だった』。私の身体を意味不明の衝撃が走った。・・・『ぼくらは野坂さんからお父さんが死んだって聞いた』」。

「父は他国の牢獄に27年間投獄された末に、中国政府によって釈放され帰国した。もとはといえば日本の(共産)党が査問をし(国家権力側の)『スパイ』と断定し除名した。その結果として監獄に入れられた。おそらく中国の(共産)党に依頼したのだろう」。このことを著者が知るのは、律の帰国後、暫く経ってからのことです。スターリンの虎の威を借る狐・野坂が、中国を動かして、律を監獄に送り込んだのは、自己保身のためでした。

本書には、私にとって非常に興味深いことが3つ記されています。

第1は、「伊藤律=スパイ説」を覆すのに大きい役割を果たしたのが、『偽りの烙印』という著作だったこと。若い時分、ゾルゲ事件に関心を抱いていた私はゾルゲ事件の研究会に出席し、そこで同書の著者・渡部富哉の講演を聴き、いろいろ質問した経験があったからです。

第2は、私の愛読書の一つである松本清張の『日本の黒い霧』中の「革命を売る男・伊藤律」について、出版元の文藝春秋が従来の見解を改めたことです。「3回にわたる交渉の結果、文春側は、この作品の歴史的位置づけ、時代の制約について『伊藤律回想録』や『朝日新聞』の記事などから引用、スパイではないという証拠が出てきているという説明、『偽りの烙印』や『伊藤律回想録』等を参照してほしいという断り書きを添付した文庫本を作成し、現行の文庫本は回収すると回答した」。

第3は、ゾルゲに協力したスパイとして死刑になった尾崎秀実の妻・英子と律の妻・キミが、戦前も戦中も戦後も非常に親しかったということ。「母(キミ)にしてみれば言いたかったのかもしれない。つらい時代をこれほど親身になって助けあって生きてきた両家族が、互いを裏切ることなどありえようか――。実際、秀実の異母弟・尾崎秀樹は伊藤律を『生きているユダ』としたが、尾崎英子は毅然としてそれに同意することはなかった」。

キミが語った次の話は、秀実と英子の熱い夫婦愛に憧れを抱いてきた私にとって意外なものでした。「尾崎(秀実)さんが捕まったあと、奥(英子)さんが私に言ったことがあります。私は尾崎(秀実)を嫌いになっていました。私はそのとき、どうしてですか、って聞かなかった。理由(秀実の派手な女性関係)がわかっていましたから。でもね、その後、また好きになりました、とも言っていました。あの手紙を読んでいく過程で変わったんでしょうね。命をかけてあれだけのことをやった人なんだから、とも言っていました」。『愛情はふる星のごとく』の手紙のことだろうと著者が確かめると、キミは頷いたと記されています。