榎戸誠の情熱的読書のすすめ -3つの読書論・ことばのオアシス・国語力常識クイズ(一問一答!)-

歴史を学ぶ面白さを再認識させられた吉村昭の対談集・・・【情熱的読書人間のないしょ話(565)】

【amazon 『歴史を記録する』 カスタマーレビュー 2016年10月17日】 情熱的読書人間のないしょ話(565)

東京・杉並の井荻、下井草を巡る散歩会に参加しました。畑から見えるカトリック井草教会は青緑色の美しい教会です。江戸時代末に建てられたといわれる田中家長屋門は風格があります。猿田彦神社には、寛保元(1741)年の銘がある庚申塔が収められています。途中で休憩したカフェには、プッチーニのオペラ「トゥーランドット」の印象的なポスターが飾られていました。空を橙色に染めながら夕日が沈んでいきます。帰り道の満月は雲に取り囲まれていました。因みに、本日の歩数は19,003でした。

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閑話休題、『歴史を記録する』(吉村昭著、河出書房新社。出版元品切れだが、amazonなどで入手可能)は、吉村昭が、大河内昭爾、永原慶二、小西四郎、半藤一利ら12名と繰り広げた対談集です。

自らの手で調べに調べた歴史的事実を基に、こつこつと歴史小説を原稿用紙に刻み付けていく吉村だけに、えっ、それって本当なの、知らなかったなあとか、さすが、吉村だなと思わされる内容がぽんぽん登場します。

例えば、こんなふうです。「●大河内=(他の著者は)船の上で手籠めにあうなんていうのは省くわけだ。●吉村=(彼は)知らないんです。門外不出のことでしたから・・・。いねの娘が長崎の図書館長のところへ来て告白した。古賀十二郎っているでしょう。この間、なかにし礼さんが『長崎ぶらぶら節』で書いた。郷土史家で有名な人ですが、そこへいねの娘が行って、『これは初めてお話しすることなんですが・・・』って語った。それが長崎図書館の書庫の奥のほうに入ってるんです。『うちの母親(いね)は石井宗謙に手籠めにされました。それで生まれたのがあたしです』って。そういうようなもので、いい話ばかりではない」。

早速、吉村の『ふぉん・しいほるとの娘』(吉村昭著、新潮文庫、上・下)に当たってみたら、下巻に、フィリップ・フランツ・フォン・シーボルトと滝の娘・稲が、シーボルトの高弟の石井宗謙に船の上で強姦されて妊娠してしまったことがちゃんと記されていました。この時、稲は25歳で処女でしたが、一方の宗謙は56歳で妻と妾がいました。なお、この稲の娘はタダ(後にタカ<高>と改名)と名づけられました。

「●永原=(歴史家が)歴史をやる場合、3つの段階があると私は考えています。個別的に事実を追っていく段階、これは小説以前のような話です。これに歴史家は8割がた労力も時間も使ってしまう。そのあと、それをテーマ別にたとえばある時代であるとか、事件とか、人物とかで歴史像をつくっていく。一種の叙述に近づいていきます。さらにより大きなレベルの歴史像をまとめていくのが歴史叙述ですね。いちばん究極のところは時代を書くというのが歴史家の仕事ではないかと思うんです」。

「●永原=史料の関連とか、事実の関連を考えていくという意味での歴史的な想像力は、実は歴史家にとってとても大事なんです。一つの事実がわかると、その先がとてもよく見えてきますから。●吉村=なるほど。●永原=たとえば、北条早雲というのは昔から得体の知れない、素性の知れない人間だということになっていた。伊勢新九郎という名前だから、伊勢出身の可能性があると明治以来の学者が言って、それ以上はわからなかった。ところが戦後多くの人の研究の積み重ねで、京都にいた伊勢氏という、室町幕府の政所の長官、つまり財務長官みたいな人の一族で、備中の所領にいた、伊勢盛時という人物、これが早雲だということがわかったのです。●吉村=そうなんですか、見事ですね。●要するに室町幕府の枢要の地位をもっている、とくに応仁の乱前後では中枢の中枢にいた人の一族ということ、それが一つわかったために、次から次にわかるわけです」。

「●吉村=井伊直弼は、戦時中はずいぶん悪人に近いような扱いを受けたけれども、大変に優秀な人ですねえ。●小西=戦前は本当に悪い人間のように、かなり筆誅を加えられましたけれども、そうは言えないんじゃないかと思いますね。●吉村=頭のいい人ですね。よく時代を見抜いている」。

「●小西=(自分が井伊)大老なら(安政の大獄で)あのぐらいのことをやるだろうと思うんです。一番損したのは吉田松陰を殺したことですね。やっぱり松陰は長州のホープでしたから。そして残った弟子などの連中たちが明治の顕官になっちゃいますからねえ。そうすると、うちの師匠をあいつはやりやがったというわけで目の仇にしちゃう。あれ、遠島ぐらいにしていれば、まだよかったのかもしれません。●吉村=死罪にしたっていうのはちょっと理由がないですね」。

「●半藤=坂本龍馬は、少し丁寧に幕末を調べた人からは、評判が悪いですよね。何もしていないと(笑)。しかも彼の思想は他人の受け売りばっかり。だから、くるくると変わる。最初は強烈な攘夷論者だったのが、たちまち開明派になったのは勝海舟の影響だし、船中八策は横井小楠のおかげ、薩長同盟は中岡慎太郎と土方久元のおかげ、大政奉還は海舟と大久保一翁のおかげと、ほとんど自分の発想じゃない。そういう意味では変わり身の早い、身軽な人であり、フィクサーとしての能力はあったと思う。●吉村=ちょこちょこ表舞台に出てくるけれども、歴史を動かした人ではありません。●半藤=その点、西郷隆盛はちょっと違う。この人は希代の革命家です。・・・それでたまげた有馬(藤太)が西郷隆盛のところに聞きにいく。ほんとうに攘夷はしないんですかと。すると、西郷隆盛が『あら、おまんにはまだいわんかったかなあ。攘夷は討幕の方便よ』って(笑)。攘夷なんかできるはずないじゃないか、今日から頭を切り替えろといわれたと有馬が書き残しているんです」。

歴史を学ぶ面白さを再認識させられる一冊です。