本と本屋が大好きな人のための新刊書店開業報告書・・・【情熱的読書人間のないしょ話(752)】
東京・杉並の荻窪で過ごした2017年5月9日(火)は、私にとって心に残る記念日になりました。第1に、朝、妹夫婦の強力な協力を得て、長年挑戦してきたワカケホンセイインコの撮影に成功したこと。第2に、妹夫婦が案内してくれた角川庭園で、自分が育った荻窪の落ち着いた佇まいを再体験できたこと。茶室の暗さと庭の緑の明るさが対照的です。水琴窟などが設えられている庭園は風情があり、エゴノキ、ノイバラ、コアジサイ、アヤメ、シランが花を咲かせています。バショウが聳えています。アズマヒキガエルのオタマジャクシがたくさん泳いでいます。せわしく飛び回るジャコウアゲハの雌を漸くカメラで捉えることができました。第3に、午後、前から行きたかった本屋Titleを訪れ、店主と会話を交わせたこと。90歳の母も一緒に行きたいと言うので、妹夫婦を含めた4人で、私が育った家から20分歩いて辿り着きました。
落ち着きが感じられるTitleは、本と本屋が好きな人たちの知的空間という趣です。平積みの『本屋、はじめました――新刊書店Title開業の記録』(辻山良雄著、苦楽堂)を求めて帰りました。
大手書店に長く勤めた著者が、一念発起して夫婦で立ち上げた本屋+ギャラリー+カフェの物語ですから、本や書店に対するめらめらと燃える思いで私の手が熱くなるような本を想像していたのですが、意外なことに、リプロ勤務時代、開業準備期、開業当日、その後が淡々と綴られているではありませんか。もちろん、行間には著者の本や本屋に対する並々ならぬ気落ちが込められているのですが。
律儀にも、巻末にTitle事業計画書と2016年度営業成績表が添えられていることも含め、本書は、これから新刊書店、古書店を開きたいと考えている人たちのバイブルとなるでしょう。
「お客さまの期待の上を行く、そうした意外性がある店にしたいなと思いました。自分の大型店での経験を使い、そのエッセンスを小さな店に凝縮して注入する」。
「カフェやギャラリーを付けてさらに文化度の高い場所にし、井伏鱒二などの文人が住み、石井桃子のかつら文庫(私・榎戸が育った家のすぐ近くです)がある荻窪が文化的な歴史を持つことを踏まえながら、この建物を過去につながりつつも新しい場所にするというストーリーを事業計画書に書き足していたのです」。
「個人で自分のお金を出して、他の書店と同じような品ぞろえをするのでは、わざわざ自分が新たにやる意味はないのではないかと思いました」。
「本屋に限らず、店にいく楽しみの一つに、知らなかったものや価値観との出合いがあると思いますが、いつの間にか皆がいいというものに倣うということが起こってしまうようです」。
「それは本を売って生きていくという覚悟の根幹にかかわることだと思っており、多くのブックカフェがいつの間にか、『本の置いてあるカフェ』になっているのを見るにつけても、そうなりたくはないと思っていました」。
品揃えやレイアウトに止まらず、シックなブック・カヴァーにも著者の思いが行き届いています。
荻窪の母を訪ねるときは、角川庭園とTitleに立ち寄りたいと考えている私です。