タコは、捕食者や獲物の立場になって考えることで生き延びているのだ・・・【情熱的読書人間のないしょ話(785)】
水辺生物観察会に参加しました。ニホンスッポンの首が長く伸びること、腹甲が白いことにびっくりしました。ニホンアマガエルのオタマジャクシ、モクズガニ、テナガガニが見つかりました。アメリカザリガニの雌雄は腹部で判断することを教わりました(写真は雄)。ナマズ、ドジョウ、ギンブナの稚魚も観察することができました。これらは観察後、川に戻しました。因みに、本日の歩数は16,503でした。
閑話休題、『愛しのオクトパス――海の賢者が誘う意識と生命の神秘の世界』(サイ・モンゴメリー著、小林由香利訳、亜紀書房)を読み終わった時、本書の主人公のミズダコたちは得体の知れないぐにゃぐにゃ生物から、親しみを感じる仲間に変身していました。
米国・ニューハンプシャー州のニューイングランド水族館で直に触れ合ったミズダコたちとの精神的、肉体的交流を、タコ大好き人間の著者から、これほど熱く語られたら、強い影響を受けてしまうのは当然と言えるでしょう。
「ミズダコは世界に250ほどいるタコの種のなかで最大で、人間ひとりくらい簡単に負かしてしまうほどの力がある。大きなオス1匹の直径8センチメートルにも満たない吸盤ひとつで13キログラムの重さのものを持ち上げることができ、それがミズダコの場合は1匹で1600個もある。かまれたら唾液と一緒に神経毒も注入され、その毒には肉を溶かす力がある」。「ミズダコは地球上の動物のなかでもとくに成長が早い。コメ粒大の卵から孵化して3年後には、体長も体重も成人男性を上回る場合もある」。
「(雌の)アテナの吸盤たったひとつで、私をクギ付けにするには十分だった――しかも彼女には全部で1600個の吸盤があった。そのひとつひとつがせわしなくマルチタスクをこなしていた。吸い、味わい、つかみ、持ち、引っ張り、放す。ミズダコの場合、それぞれの腕に吸盤が2列ずつ、いちばん小さいのが先端に、いちばん大きいのが口に向かって3分の1ほどの位置に並んでいる」。「それぞれの吸盤は、ちょうど人間の親指と人差し指のように、折り曲げて物を両側からつかむこともできる。吸盤はそれぞれ個別の神経によって動かされ、それらの神経はタコが自発的かつ独立してコントロールする。そしてどの吸盤も素晴らしく強力だ」。
「タコとタコに近い種の擬態能力は、その速さでも多様さでも卓越している。タコとその親戚の擬態にはカメレオンも真っ青だ。擬態能力に恵まれた動物でも、決まったパターンがごくひと握りという場合がほとんど。一方、タコなどの頭足類は個体ごとに30種類から50種類の違ったパターンを使える。色や模様や質感を0.7秒で変えることができる」。
「タコの脳は、無脊椎動物にしては非常に大きい。(雌の)オクタヴィアの脳はクルミくらいの大きさだ。・・・もうひとつ、脳の力を評価する尺度として研究者が使うのが、脳の処理能力の柱であるニューロンの数だ。この尺度でもタコはやはり驚異的だ」。
「それからというもの、その年の秋から冬にかけて私が訪ねるたびに、オクタヴィアは水槽上部に浮き上がってきて私を出迎え、熱心に吸盤で私の味を確かめ、こちらの顔をのぞき込んだ」。
「タコは短命なことで知られ(ほとんどのタコは大人になる前に死ぬ)、ほとんどのタコは社交的とは思えない。・・・ミズダコは、少なくとも、生涯を終えるころになってようやく交接相手を探すと考えられている。だがそれさえも、周知のとおり、デートのあとはディナーの時間で、(タコは共食いするので)食うか食われるかになるわけだから、ちょっと眉唾ものだ。タコの知性は仲間のタコと交流するためでないとしたら、いったいなんのためにあるのだろうか。タコ同士で交流しないのに、なぜ私たち人間と交流したがるのだろう」。
ここから、俄然、佳境に入ります。
「タコを知性に向かわせる原動力となった出来事は、祖先から受け継いだ殻を失ったことだったと、(タコの心理学者の)ジェニファーは考えている。殻がなくなった結果、自由に移動できるようになった。タコは二枚貝と違って、餌のほうからやってくるのを待つ必要はない。トラのように狩りができる。ほとんどのタコはカニが一番の好物だが、1匹のタコが餌として狩りの対象にする種は何十もあり、それぞれの種によって、狩りの戦術、用いるスキル、下すべき判断とその修正は違ってくる。擬態して奇襲攻撃をかけるのか。(頭部の)漏斗で水を噴射してすばやく追いかけるのか。水から這い出し、逃げる獲物を捕まえるのか。殻を失うことはツケも伴う。殻のなくなったタコは、ある研究者の言葉を借りれば『無防備で大きなタンパク質の塊』と化し、そのくらいの大きさの獲物を食べる生き物にとってはきっと格好の餌に違いない。タコはその弱点を自覚していて、自衛策を講じる」。
「別の生き物が何を考えているのだろうかと思いを馳せる地球のあらゆる生き物のなかで、誰よりもそうする必要性に迫られているのはタコだとしてもおかしくない――相手の立場で考えられなければ、自衛のための擬態の数々が使えないのだから。タコは自分がタコではないと、さまざまな種の捕食者と獲物に信じ込ませる必要がある。ほら見て! 私は墨の塊だよ! いや、実はサンゴなんだ! いやいや、ほんとは岩さ! 自分の策略に相手が引っかかったかどうかを判断し、駄目な場合は別の手を考えなければならない」。
「生きているタコのくちばしを見るのはこれが初めてだった。(雌の)カーリーが普段は腕の付け根の内側に隠れていて、まさか私たちに見せるとは思わなかった部分を見せた、ごく親しい者同士だけが信頼で結ばれたひとときだった」。
「カーリーは周囲にいる生き物たちのことを、相手に触らなくても、味覚によって知ることができる。カーリーの化学受容器は25メートル以上離れたところから化学情報を探知できる。タコの吸盤が海水に溶けている化学物質を識別する精度は、人間の舌が水に溶けている味を識別する精度の100倍との研究結果もある。もしかしたらカーリーは、同じ水槽にいる生き物たちの種や性別や健康状態を把握しているのかもしれない」。
「日によっては、カーリーは興奮してなんでもつかみたがる。20分飽きもせずに遊ぶこともある。そういうときは魚を受け取ってもすぐには食べない。それよりも私たちの腕を這ったり引っ張ったりしたがり、自分の腕を私たちの腕に絡ませ、吸盤で私たちの皮膚に吸いつく。浮き上がってきたかと思うと、私たちをつかんでいる腕を緩めて急に沈んだりもする――私たちがみんな油断したら、誰かひとりをいきなり力いっぱい引っ張るというタコ流のいたずらでみんなを笑わせる」。
今後暫くは、好きなタコの刺身や料理を食卓に載せないよう、女房に頼みました。