秋、南国を目指し編隊を組んで利根運河の上空を飛んでいくタカの生態・・・【情熱的読書人間のないしょ話(78)】
書斎に掛かっているフランスの画家、モーリス・ド・ヴラマンクの「機関車あるいは駅」は、小さな停車場に停まった蒸気機関車がもくもくと吐き出す黒煙と、どんよりと曇った空の黒雲が、見る者の不安感を掻き立てます。ところが、見詰めていると、もやもやしている自分の不安が何なのかをはっきりさせ、しっかり対応せよ、と言われているような気にさせられる不思議な絵なのです。
閑話休題、千葉県北西部で利根川と江戸川を繋ぐ利根運河とその周辺は、私たちの絶好の散策・野鳥観察コースの一つです。この利根運河について、そして秋にここで毎年、観察できるタカの渡りについて、詳しく記されているのが、『水の道・サシバの道――利根運河を考える』(新保國弘著、崙書房出版。出版元品切れだが、amazonなどで入手可能)です。長年に亘り、利根運河やタカの渡りについて調査・研究してきた著者ならではの著作です。
「東京圏の水運の動脈にと明治中期に掘られ、昭和初期まで舟(しゅう)運で栄えていたが鉄道や自動車の発達などで1941(昭和16)年に役割を終え国に買収された利根運河は、利根川と江戸川の二つの川を結ぶ全長8.5キロの『水の道』である。現在の利根運河は、川の生命線である源流を切断されているため水こそ淀んではいるが、北総台地の沼や谷津に沿うように掘られた蛇行する造形美は実に見事と評され、点在する水辺林と両岸に隣接する里山景観の存在が、運河の美しさを一層引き立たせている」。
「サシバが長距離を渡るためには高度を稼げる上昇気流は欠かせなく、そのポイントを探すため迂回や旋回に相当な時間を費やし、上昇気流を見つけたサシバは、観察者が見失うまで約3~4分間旋回上昇を続けるという」。タカの渡りで最も多く見られるのは、サシバというタカであり、オオタカは渡りをしません。「サシバは、タカ目タカ科に属する中型のタカで、ハシボソガラス大の大きさである」。「サシバは、日本で繁殖し秋に越冬地の東南アジアへ渡るタカである」。
「オオタカ、サシバやノスリが営巣できるということは、彼らの餌になるものが多いということです。オオタカの餌はキジバトクラスの野鳥、サシバはヘビ、トカゲ、カエル、ノスリはネズミ、イタチ、モグラなどです。サシバは狭い谷津田に、ノスリはヨシ原や草地に棲みます。それぞれ棲むところが違うのです。そうして多くの生き物が頑張って生きている。まさしく生態系が豊かであることを証明していると言えます」。この3種のタカは、ちゃんと棲み分けをしているのです。
現在も、著者とその仲間たちが、この豊かな生態系を守ることに熱心に取り組んでいます。
「卵がオタマジャクシになって、カエルになって、そのカエルを食べたサシバが秋になると、利根運河の『水の道』の上空を流れるように飛んで行く。そして、愛知県の伊良湖岬や鹿児島の佐多岬に全国から集結したサシバが、上昇気流が起こるのを待って、いっせいに南の国へ編隊を組んで海上に飛び立っていく」。タカたちが無事に東南アジアに辿り着けることを祈りながら、私も毎年、タカの渡り観察会に参加しています。