アルカイダの魔手から貴重な古文書を守り抜いた、勇気ある人々・・・【情熱的読書人間のないしょ話(813)】
東京・新宿で会議があり、早めに着いたので、街をぶらりと散策しました。紀伊國屋書店新宿本店では、本の虫たちが本に見入っています。歌舞伎町では、ゴリラから挨拶されました。店頭の水槽では、己の運命を知らぬトラフグたちが泳ぎ回っています、因みに、本日の歩数は12,936でした。
閑話休題、『アルカイダから古文書を守った図書館員』(ジョシュア・ハマー著、梶山あゆみ訳、紀伊國屋書店)は、本好きには堪らない一冊です。
アルカイダの魔手から大量の貴重な古文書を救出した、勇気ある人々の記録です。「(フランスの)軍事介入の背景には、1年近くにわたったアルカイダによる(アフリカの)マリ北部の支配があり、その陰には危機を受けて敢然と立ち上がったひとりの男がいた。この知られざるドラマの一部始終を、初めて克明に記録したのが本書である。男の名はアブデル・カデル・ハイダラ。マリ共和国北部の町トンブクトゥはサハラ砂漠の南縁に位置し、町全体が世界文化遺産に登録されている。とくに学問の都としての名声は鳴り響き、自由で開放的な文化が息づくことでも知られた。町には古今東西の優れた書物が次々にもたらされ、多数の美しい写本がつくられたほか、著名な学者たちによる独自の書籍も数多く出版された」。
ハイダラの努力により、「町全体で約38万冊の古文書が収蔵されるまでになった。しかしそのころ、町の北に広がるサハラ砂漠に不穏な気配が忍び寄る、イスラム過激派の進出だ。最終的にトンブクトゥは過激派の手に落ち、市民は厳しい統制下におかれる。テロリストたちは町の図書館に侵入して、古文書を燃やした。ところが消失したのはごく一部で、ほとんどは無事だったことがのちにわかる。危険を察知したハイダラが、命を賭して一大作戦に打って出ていたのだ。ハイダラが考えたのは、比較的安全な南部の首都バマコにすべての古文書を秘密裏に避難させること。だがトンブクトゥではテロリストの目が光り、抑圧と破壊の嵐が吹き荒れている。数十万冊の古文書を1000キロ近く離れたバマコまで、いったいどうやって? それはまさに薄氷を踏むような危機と困難の連続だった」。
アルカイダの住民に対する理不尽な残虐さは、この事例からも明らかです。「マリ北東部のアゲルホクという村では、(アルカイダの)戦闘員が、村の広場に若い男女を引きずってきた。正式に結婚していないのに子供をもうけたというのである。午前5時、200人の住民が言葉もなく見つめるなか、テロリストたちは深さ1メートルあまりの穴をふたつ掘った。そしてふたりを首まで埋めてから、絶命するまで石を投げつけた。女性のほうは呻き声やわめき声を上げ、男性のほうも息絶える間際に何ごとかを叫んだという。『あんなことをするなんて人間じゃない。ふたりをまるで動物のように殺した』」。
ハイダラの甥で右腕でもあるモハメドが。こう述懐しています。「目的はただひとつ。マリの知識を守ること。その目的に比べたら、自分の命など取るに足りないものでした」。
ハイダラたちのよく練られた隠密行動は、まさしく快挙でした。「わずかな貯えだけを元手に、信頼できるボランティアを何人も集め、『野蛮』対『文明』という壮大な図式を突きつけて国際社会に支援を迫り、資金援助をしなければ名折れになると数々の財団を奮い立たせ、100万ドルを集め(トンブクトゥの物価を考えれば途方もない金額だ)、トンブクトゥや周辺地域から数百人の素人運び屋を雇った。ハイダラのチームが用いたのはじつにローテクな手法である。21世紀に入って10年以上経つとは思えないほど古くさい。車や船を走らせ、喧嘩腰のテロリストの目をかいくぐり、疑りぶかいマリ兵の検問を抜け、追剥ぎやヘリコプターの攻撃をかわし、命にもかかわりかねない幾多の障害を乗り越えた。そして、トンブクトゥが誇る古文書37万7000部のほぼすべてを守りとおしたのである。運ぶ途中で失われたものは一冊もない」。イスラムの豊かさを育んできたトンブクトゥを、歪んだ形のイスラムが壊そうとした。しかし文化そのものが元々持っている力と、ハイダラのようにその力に魅せられた人々が、結局は貴重な古文書を守り抜いたのです。思わず、ハイダラたちに大きな拍手を送ってしまいました。