榎戸誠の情熱的読書のすすめ -3つの読書論・ことばのオアシス・国語力常識クイズ(一問一答!)-

自分の年齢の半分ほどの、上流階級の若妻との不倫の恋の行方・・・【情熱的読書人間のないしょ話(1074)】

【amazon 『可愛い女・犬を連れた奥さん・他一篇』 カスタマーレビュー 2018年4月1日】 情熱的読書人間のないしょ話(1074)

自然観察会に参加しました。繁殖期を迎えたコサギの雄は、婚姻色で目先と足指が赤くなっています。水辺の藪の中にバンが潜んでいます。ヒドリガモ(雄、雌)の群れの中に、目の後方が緑色を帯びる珍しい個体が見つかりました。モズがニホンカナヘビを銜えるシーンを目撃しましたが、その写真は撮れませんでした。今季、初めてツバメを見ました。オオイヌノフグリの仲間のタチイヌノフグリ、フラサバソウ(ツタバイヌノフグリ)が咲いています。カキドオシの葉は面白い形をしています。セイヨウカラシナが群生しています。セイヨウカラシナとセイヨウアブラナ(ナノハナ)は、よく似た黄色い花を咲かせますが、葉の付き方――セイヨウカラシナの葉は木の枝のように付いているが、セイヨウアブラナの葉は茎をぐるっと取り囲むように付いている――で見分けることができます。八重咲きのサトザクラが咲いていますが、詳しい素性は分かりません。因みに、本日の歩数ハ14,374でした。

閑話休題、『犬を連れた奥さん』(アントン・チェーホフ著、神西清訳、岩波文庫『可愛い女(ひと)・犬を連れた奥さん・他一篇』所収。出版元品切れだが、amazonなどで入手可能)を34年前に初めて読んだ時と、今回とでは、読後感が全然異なることに、我ながら驚きました。

クリミアの保養地・ヤルタで独り休暇を過ごす、40歳間近の銀行に勤めるドミートリイ・ドミートリチ・グーロフは、犬を連れた上流階級の若い女性に興味を持ち、遂に親しくなることに成功します。それは、夫に不満を抱いている、年齢がグーロフの半分ほどのアンナ・セルゲーヴナ・フォン・ジーデリックという名の女性でした。「アンナ・セルゲーヴナの様子は見る目もいじらしく、その身からは、しつけのいい純真な世慣れない女性の清らかさが息吹いていた」。

「『わたしは正しい清らかな生活が好きなの。道にはずれたことは大きらいなの。いま自分のしていることが我ながらさっぱりわからないの。世間でよく魔がさしたって言いますわね。今のわたしがちょうどそれなんですわ、わたしも魔がさしたんですわ』」。

家庭がありながら浮気性のグーロフは、いつものように軽い気持ちで付き合い始めたというのに、アンナがS市に戻っていくと、彼女のことしか考えられないようになってしまいます。S市まで押しかけたグーロフは、アンナこそ、自分が心から愛した初めての女性であることに気がつきます。「グーロフは(アンナの)その姿を一目みた瞬間ぎゅっと心臓がしめつけられて、現在自分にとって世界じゅうにこれほど近しい、これほど貴い、これほど大切な人はないのだということを、はっきり悟ったのだった」。

そして、二月(ふたつき)か三月(みつき)に一度、アンナがグーロフの地元・モスクワを訪れ、人目を忍んで密会を重ねるようになります。「やっと今になって、頭が白くなりはじめた今になって彼は、ちゃんとした本当の恋をしたのである――生まれて初めての恋を。アンナ・セルゲーヴナと彼とは、とても近しい者同士のように、親身の者同士のように、夫婦同士のように、こまやかな親友同士のように、互いに愛し合っていた。・・・なんだって彼に定まった妻があり、彼女に定まった良人があるのやら、いっこうに腑に落ちないのだった。・・・この二人の恋が彼らをともに生まれ変らせてしまったように感じるのだった」。

二人が人目を忍ばなくてもすむようになるまでには、どんな道が待ち構えているのでしょう。

チェーホフの人間観察の確かさと、物語の組み立ての巧みさを味わえる短篇です。