耕さず肥料も農薬も使わない農業が、本当に可能なのか・・・【リーダーのための読書論(44)】
絶滅危惧Ⅱ類に指定されている、小川や田んぼの野生のメダカ(クロメダカ)を育てる里親を探しているという記事を読み、茨城県の農業O氏を訪ねたのは、10年前のことであった。親切に自分の田んぼに連れていってくれたO氏が、「この田んぼは、岩澤先生の教えを受けて『不耕起農法』を試しているのだが、あちらの従来の田んぼよりイネの生育がいいでしょう」と誇らしげだったことが印象に残った。その田んぼには驚くほど多くのメダカが群れており、もらって帰ったメダカは、現在も我が庭の大型の発泡スチロールの池で元気に泳ぎ回っている。もちろん、その子孫たちだが。
今回、『究極の田んぼ――耕さず肥料も農薬も使わない農業』(岩澤信夫著、日本経済新聞出版社)を読んで、岩澤が目指す「耕さず肥料も農薬も使わない農業」の全体像――過去、現在、未来――を知ることができた。
彼が辿り着いた「不耕起移植栽培」と「冬期湛水農法」を簡単に説明しておこう。「不耕起」とは、文字どおり田んぼの土を耕さずに、苗を植えること。イネを刈り取った後のイネ株をそのまま残し、そのイネ株とイネ株の間に今年の新しい苗を植えるのだ。「移植」とは、予め苗を育てておいて、田植えの時にそれを移植すること。しかし、苗の育て方が一般とは違い、稚苗ではなく、成苗にしてから移植する。「冬期湛水」とは、冬に田んぼに水を張っておくこと。一般的には春の田植えの前に田起こしをしてから水を張って苗を植えるのだが、冬期湛水は、冬も田んぼに水を張っておくことにより、田んぼの中の光合成を促し、植物プランクトンやそれを餌にする動物プランクトンの発生を助け、イネの成長に必要な栄養分が供給されることを狙うのだ。その結果、無肥料栽培になり、また、雑草や虫害の発生も抑えられるので、除草剤や殺虫剤を使用しない無農薬栽培となる。この自然農法は、日本ではさまざまな既得権益に阻まれ、ごく少数派にとどまっているが、海外の穀物輸出国は不耕起農法に移行しつつあるという。
イネ刈りをした後、田んぼに残したワラが水の中で分解されると、その養分を栄養源に植物プランクトンが大発生する。植物プランクトンが大発生すれば、それを捕食する動物プランクトンが大発生する。その結果、ホタル、アカトンボ、メダカ、ドジョウ、カエルなどが繁殖し、カワセミ、サギ、ガンなどが飛来する。この食物連鎖が田んぼの生物多様性を育むのだ。なお、不耕起農法の田んぼには害虫がたくさんいるが、それを上回る天敵がいて、虫害が出ない環境になるので、殺虫剤が不要となる。
田んぼを耕さないと、イネは耕されていない硬い土の中に何とか根を伸ばそう、張ろうとして、強いストレスを感じる。その際にエチレンという成長ホルモンが分泌される。不耕起のイネは「野生化」して丈夫な根を張るのである。このホルモンのおかげでイネが丈夫に育つだけでなく、病気、虫害、冷害にも強くなるのだ。耕さない方が丈夫なイネ、美味い米づくりができ、収穫量も向上する。
イネは肥料がないと育たない。岩澤の「無肥料」は、人間がイネに肥料を与えないから「無肥料」であって、その代わりに水中の膨大な数のイトミミズがイネに肥料を与えてくれるのだ。その上、その排泄物が5cmも堆積してトロトロ層となって雑草種子の上を覆い、その発芽を抑えるので、除草剤も不要になるというのである。
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