男に惚れた女の弱さ、哀れさが心に沁みてくる短篇推理小説・・・【情熱的読書人間のないしょ話(1525)】
ハシボソガラス、オキザリス・トライアングラリス(ムラサキノマイ)をカメラに収めました。アガパンサスが雨に打たれています。我が家のキッチンの曇りガラスにニホンヤモリが2匹、やって来ました。因みに、本日の歩数は10,032でした。
閑話休題、短篇推理小説集『名も知らぬ夫』(新章文子著、光文社文庫)に収められている『名も知らぬ女』には、男に惚れた女の弱さ、哀れさが描かれています。
「何度か縁談に破れ、その都度、自分の器量に対して劣等感を感じ、結婚なんて遠い夢だと諦めていた市子だったけれど、幸運なんていつどこから転がってくるものか判らないとつくづく思うのだ」。
「『どうなの? おチビさんで、ぱっとしない娘だけどね、純情そのものだしさ、可愛い娘だよ。圭さんだって、白髪のまじりはじめてる年齢じゃないか。年齢恰好としちゃ、四つちがいで丁度いいところだ。そうだろう? 一生安サラリーマンでも、うちはそう困るわけじゃなし、早速に子供が生まれても、のんびりと育ててやれるよ。ま、考えておいておくれ』。襖の外に立って、市子はわくわくする思いで、(母と圭吉のやり取りを)聞いていた。圭吉がぼそっとした声で、ぼくのようなものでよければ、よろしくお願いしますと答えるのを、市子は胸の中にたたみ、そっと襖のそばを離れた」。
「圭吉を頼もしく思う前に、市子は圭吉をおそれた。しかし圭吉を憎むことは出来なかった。圭吉は大っぴらに市子を抱いた。そして市子はそれにこたえたのだ。市子は圭吉を愛しているのだと思った。圭吉から離れて、市子はどうやって生きてゆけるだろう」。
「この、眼の前の、疑わしさを一杯ぶら下げた男。郷堂圭吉とは名乗っているけれども、何かその名がぴったりとしない男。これが、市子の愛している夫なのだ」。
「顎を上げられて、市子は圭吉の顔を見た。妙にグロテスクな、卑屈な笑顔で、圭吉はなおも、昨夜の市子がどんな風だったかを、きわめてみだらに語りつづけた。市子はふいに、総毛立つような厭悪を圭吉に感じた。顎にかけられた圭吉の手をはげしく払いのけた。『あなたは、誰なんです』」。
背中がぞくぞくする、サスペンスを味わえる一篇です。