榎戸誠の情熱的読書のすすめ -3つの読書論・ことばのオアシス・国語力常識クイズ(一問一答!)-

大村智は、優れた研究者のみならず、教育者、戦略家、愛妻家でもある・・・【薬剤師のための読書論(35)】

【amazon 『私の半生と出会った女性たち』 カスタマーレビュー 2019年8月7日】 薬剤師のための読書論(35)

私の半生と出会った女性たち――大村智博士講演録』(大村智著、お茶の水学術事業会)を読んで、3つのことが心に残った。

第1は、大村智(さとし)が優れた研究者であると同時に、見識と実行力を兼ね備えた教育者であること。

大村が画期的な抗寄生虫薬・イベルメクチンの発見・開発によって、西アフリカ諸国を初め、世界中の膨大な数の患者を救ったこと、その「線虫感染症の新しい治療法の発見」により、ノーベル生理学・医学賞を受賞したことは、新聞報道などによって広く知られている。「1985年、WHO(世界保健機関)の雑誌に掲載された記事にイベルメクチンの名前が登場しました。非常に有望な薬であることがわかって、オンコセルカ症の撲滅作戦にはイベルメクチンが使われるようになるのですが、その時点で既に1800万人が感染しており、77万人が目が見えないか、ほとんど見えないという状況が36カ国に蔓延していました。大部分がアフリカの国々ですが、中南米や中東にも同様な状況がありました」。

第2は、大村が先見性のある戦略家であること。

大村は米国で研究成果を上げていたが、急遽、日本の北里研究所の幹部として戻ってきてほしいと懇願される。「今、日本へ帰ればこれまでアメリカの研究室でやっていたレベルの研究はできないと思いました。1972年当時の日本はまだ発展途上で、現在のようにこれほど経済が豊かな状況ではありません。当然、研究費もアメリカの何十分の一ほどしかないところへ帰っていくことになるのです。それで私は、以前から関心のあった、企業との連携を模索したのです。共同研究のパートナーとして連携する企業(=米国メルク)から研究費の提供を受けて、微生物由来物質を探索し、有望なものが見つかれば特許を取ってその占有実施権を企業に提供する、そしてそれが実用化された場合は、あらかじめ契約してある割合で当方に特許料が支払われる、というシステムを考え出しました。当時こういう契約で研究した大学の先生はいないと思います。後に『大村方式』と言われるようになりました。かなり大雑把ですが、とにかくこれで、帰国後の研究費の目途がついたのでした」。これが、生涯に亘り、大村に多大な報酬をもたらすことになる。

第3は、大村が真の愛妻家であること。

本書の随所で言及される妻・文子の思い出と、巻末に収められている「妻・大村文子(芙視子)の生涯」から、結婚以来、大村が文子に。長年、支えられてきたことを深く感謝していること、文子を心底、尊敬し愛していたことが、熱く伝わってくる。

大村は、「幸せとは何か」という問いに、自身の心得を挙げている。●健康を管理する、●研究、社会貢献、人材育成という使命を貫徹する、●実践躬行(言ったことは必ず実行する)、●日々の出合いを大事にする、●趣味を楽しむ――の5つである。