心に深く突き刺さる文章の使い手・丸山健二の掌編小説集・・・【情熱的読書人間のないしょ話(1636)】
果樹園のロープに、アキアカネの雄、雌がたくさん群がっています。僅かながら、ノシメトンボの雄、雌が交じっています。トンボたちの鮮明な写真を撮るのに、1時間半もかかってしまいました。因みに、本日の歩数は10,449でした。
閑話休題、『人の世界――丸山健二 掌編小説集』(丸山健二著、田畑書店)は、心に深く突き刺さる文章の使い手・丸山健二の掌編小説集です。
本書に収められているのは、文字どおりの掌編小説ばかりで、短い作品は、たったの1行、長くても1ページを超えるものはありません。
とりわけ、4つの作品に惹き付けられました。
「特殊な生き物に過ぎる人間の営みについて、剴切なる言い方をもってすれば、要するに腹黒い企みに尽きるということにほかならず、そうしたおぞましい生の在り方は、詮ずるところ悲喜劇の原動力であり、それは死という不気味な生き物がぱっかりと開けた大口に呑みこまれて完了ということに相なり、とはいえ、例外はひとつもないのだろうか」。
「それが原初的な愛だからといって、素直に了解するわけにはゆかず、それが否定し得ぬ美徳に彩られた万代までの語り草だからといって、いちいち感嘆の声を発するわけにはゆかず、それが危急存亡の時の前座にすぎぬ些細な悲劇だからといって、笑い飛ばすわけにはゆかず、それが相手の出方を過たずに見るとびきりの冷静さだからといって、微塵も疑わぬまま尊敬するわけにはゆかなかった」。
「途方もなく簡略化された人生を送るおれという人間は、どこまでもおれ自身でありつづけている。常に頑迷な時代を生きることを強いられ、慎重な言い回しを迫られ、涙ぐましい策を弄して、そつのない一生を送らなければならない、あくせくと社会的地位の保持に心を労さなければならない、ときにはぞっとするような沈黙を守らなければならない、抵抗の範囲がいつもいつも問題提起にとどまるしかない、良き社会人や模範的市民という、国家に騙されやすい国民の一員ではない」。
「国家なくして社会なしと思いこまされ、世間から締め出されることのみを怖れ、長年にわたって支配と服従の世界に身を置き、勤勉を金科玉条として奉りながら日々の仕事に携わり、人畜無害の忠実な労働者として挺身しつづけることで自らの本質を完全に見失い、旗幟鮮明ならしめる他者を敬遠し、真ならざるものに魂の救いを求め、それでもなお粗雑極まりない精神にしがみつき、そろそろ定年退職の時期を迎えようという、誇るべき手腕も、世間に通用する名前もない、人生の総決算とはどこまでも無縁な、生きる望みも絶え果てた一介の勤め人」。
私も、掌編小説という表現形式に挑戦したくなってしまいました。