モーパッサンやモームの短篇を読んだような気分にさせられました・・・【情熱的読書人間のないしょ話(2028)】
あちこちで、さまざまな色合いのキクが咲き競っています。
閑話休題、エッセイ集『のりたまと煙突』(星野博美著、文春文庫)では、さまざまな思い出が綴られています。
私の心をぎゅっと鷲掴みにしたのは、「東伏見」です。
「私は一度だけここ(東京都保谷市の東伏見)へ来たことがあった。中高時代の友人、Yがこの町に住んでいたのだ。あの晩の寒さが体に甦ってきた」。
「Yとは同じクラスではなかった。が、中高一貫の女子校ではクラスに関係なく交友関係があった。私が彼女と親しくなったのは中学二年の冬、学校主催のスキー学校に参加したことがきっかけだった。私とYは、宿泊していた旅館の次男に、恋とは呼べないまでも、まあ思春期の熱病のようなもので、勝手に熱をあげた。・・・中三に上がると、二人一緒に、今度は修学旅行に同行した旅行会社の社員に熱をあげた。Yと私はどうも男の好みが似ているというか、二人一緒になると勝手に盛り上がり、恋に発展してしまうという奇妙な連帯関係にあった。・・・大学に入った年の夏休み、(高校の)卒業旅行をしたメンバーでHの家に集まり、酒盛りをした。YとMとHは付属の大学に上がり、私は片思いをしていたKと同じ大学へ、Cは付属の短大に進学した」。
「『K君のこと、このままでいいの?』。彼女(Y)は私が高二の時からKに恋していたことを知っていた。私が強がりをいっていたことも、彼女は見抜いていた。『よくはないんだけど、でももうだめだと思う』。『あきらめちゃだめだよ。せっかく同じ大学に入ったんだから、まだチャンスあるって。がんばんなよ。いっそのことラグビー部に入っちゃえば?』。『あたしがラグビー部に入ってどうするの』。『スクラム組むふりして、(Kに)抱きつけるじゃん』。本気でその姿を想像した私は笑い転げた。『そういう自分も(彼と)全然うまくいってないんだけどさ。これから会いたいって電話したら、ものすごく迷惑そうだったから頭にきた』。『大丈夫だよ。まだ付き合い始めて数か月でしょ。これからいいこといっぱいあるって』。『だといいんだけどね』。『お互いがんばろう』。そして私たちは池袋駅で別れた」。
「私が東伏見駅に降りたのは、夏の酒盛りから三年半後の一九八八年一月末、卒論の提出を一週間後に控えた冷たい雨の降る夜だった。その日は、Yの通夜だった。あの夏休みが終わる頃、Yはアルバイトからの帰り道、自転車に乗っているところを自動車に追突され、意識不明になった。そして三年半眠ったまま、一度も目を開けることなく、私たちが卒業する間際に息を引きとった。私が生きた彼女を最後に見たのは、池袋駅で別れたあの晩だったのである。彼女はたった三か月半しか大学生活を楽しむことができなかった」。
「彼(K)はお盆に合わせて(短期留学中の米国から)帰国し、成田に着くとそのまま羽田に向かい、キャンセル待ちをして大阪行きの日航機JL123便に乗った。その飛行機は、群馬県の御巣鷹山に墜落した。一九八五年八月十二日のことだ。私は彼が予備校時代によく着ていた赤いセーターと、遺品の中から見つかったペンケースと血で染まったアドレス帳を形見に分けてもらった。そのアドレス帳の中に、私の名前はなかった」。
「高校生の頃、『一生結婚しない』宣言をしていたHは、Mと同じスキーサークルで知り合った後輩と結婚し、二人の息子に恵まれた。そして三人目の子がお腹にいた二〇〇一年九月十一日、ニューヨークの世界貿易センタービルで夫をなくした。いまは私たち五人が最後に顔を合わせた家で、三人の子育てに奔走している」。
これは、もうエッセイの域を超えています。私の好きなモーパッサンやモームの人生を考えさせる短篇を読んだような気分にさせられました。