谷崎潤一郎の処女作『刺青』を読んでみた・・・【情熱的読書人間のないしょ話(2107)】
アオサギ(写真1)、マガモの雄の若鳥(写真2~4)、マガモ(写真5)の雄、雌をカメラに収めました。
閑話休題、短篇集『刺青・秘密』(谷崎潤一郎著、新潮文庫)に収められている、谷崎潤一郎の処女作『刺青(しせい)』を読んでみました。
感じたことが、3つあります。第1は、処女作なのに、谷崎文学のエッセンスともいうべき妖しい香りが濃厚に薫き染められていること。第2は、ストーリー展開に無駄がないこと。第3は、文章が明晰なこと。
「清吉と云う若い刺青(ほりもの)師の腕ききがあった」。
「この若い刺青師の心には、人知らぬ快楽と宿願とが潜んで居た。彼が人々の肌を針で突き刺す時、真紅に血を含んで脹れ上る肉の疼きに堪えかねて、大抵の男は苦しき呻き声を発したが、その呻きごえが激しければ激しい程、彼は不思議に云い難き愉快を感じるのであった」。
「彼の年来の宿願は、光輝ある美女の肌を得て、それへ己れの魂を刺り込む事であった」。
「清吉は、しげしげと娘の姿を見守った。年頃は漸う十六か七かと思われたが、その娘の顔は、不思議にも長い月日を色里に暮らして、幾十人の男の魂を弄んだ年増のように物凄く整って居た」。
「彼の懐には嘗て和蘭医から貰った麻睡剤の壜が忍ばせてあった」。
「古のメムフィスの民が、荘厳なる埃及(エジプト)の天地を、ピラミッドとスフィンクスとで飾ったように、清吉は清浄な人間の皮膚を、自分の恋で彩ろうとするのであった」。
「針の痕は次第々々に巨大な女郎蜘蛛の形象を具え始めて、再び夜がしらしらと白み初めた時分には、この不思議な魔性の動物は、八本の肢を伸ばしつつ、背一面に蟠った」。
「『己はお前をほんとうの美しい女にする為めに、刺青の中へ己の魂をうち込んだのだ、もう今からは日本国中に、お前に優る女は居ない。お前はもう今迄のような臆病な心は持って居ないのだ。男と云う男は、皆なお雨の肥料(こやし)になるのだ。・・・』。この言葉が通じたか、かすかに、糸のような呻き声が女の唇にのぼった。娘は次第々々に知覚を恢復して来た。重く引き入れては、重く引き出す肩息に、蜘蛛の肢は生けるが如く蠕動じた」。
「『親方、私はもう今迄のような臆病な心を、さらりと捨ててしまいました。――お前さんは真先に私の肥料になったんだねえ』と、女は剣のような瞳を輝かした。その耳には凱歌の声がひびいて居た。『帰る前にもう一遍、その刺青を見せてくれ』。清吉はこう云った。女は黙って頷いて肌を脱いた。折から朝日が刺青の面にさして、女の背は燦爛とした」と結ばれています。