平忠度――『平家物語』に、こんなに魅力的な人物が登場していたとは・・・【山椒読書論(548)】
大型絵本『忠度』(木下順二文、瀬川康男絵、ほるぷ出版)は、絵巻平家物語シリーズ全9巻の第8巻である。
本書を手にしなければ、平忠度という魅力的な人物に出会えなかったと思うと、身震いがする。勇敢に戦う武将であると同時に、優れた歌人であるが、己の運命を平静に受け止め、冷静に行動するとは、何という人物なのだろう。私の、歴史上の好きな人物に、忠度が加わったことは言うまでもない。
「薩摩守平忠度。(平)清盛の、清盛より二十六歳もわかい、末の弟である。おおくの戦いに、副将軍、大将軍として参加しててがらをたて、しかし、倶利迦羅谷の戦いでは、木曽義仲にやぶれたことなどを『平家物語』は語っているが、その忠度が,なにゆえ、その名を長く歴史にとどめることになったのか。それは、平家一門、あわてふためいて都を落ちていくなかで、忠度が、不思議にしずかな態度をくずさなかったその生きかたのみごとさゆえにであり、くわえて、一の谷の合戦での、そうれつな死にざまゆえにである」。
「平家一門の滅亡と、自分自身の死――それがいまや、忠度の眼前に見えていた。今、たとい一首でも、いつかは作られるだろう勅撰集――単なる歌集とちがって、いつまでも残る――のなかに、わが名をとどめることが約束されれば、武人でもあるが歌人でもある自分の名を、というより、武人も歌人もない、自分という一人の人間が、ここにこうして生きたという事実を、いわば自分の命を、永遠のものとすることができる。そして、そう思うことによって自分は、眼前にある一門の滅亡と、自分自身の死のなかへ、平然と入っていくことができる。・・・その忠度の(勅撰集に一首なりとも載せたいという)思いを、かっきりと受けとめて、(歌の師である藤原)俊成卿は答えた。『この一巻の形見のお品、なおざりになどしますものか。けっしてご心配あるべからず。あなたの深いお気持、うかがってわたくしも、なみだをとどめえません』。忠度は、一時に胸の内の晴れわたる思いがした。・・・(礼を述べるや)忠度、馬にまたがり、かぶとの緒をしめ、西のかたへ、平家一門の(都落ちの)行列を追って馬をはやめた」。格調高い文章と、デフォルメされた印象的な絵によって、忠度の思いと行動が描かれていく。
「(忠度の討ち死にを)聞いて、敵も味方も、『<あないとほし(ああ、おいたわしい)、武芸にも歌道にも達者にておはしつる人を。あったら(いかにも惜しい)大将軍を>とて、涙を流し袖をぬらさぬはなかりけり』と、『平家物語』は語っている」。
『平家物語』は、奥が深いなあ。
こういう魅力的な絵本で『平家物難』に触れることのできる子供たちは、本当に幸せだ。