榎戸誠の情熱的読書のすすめ -3つの読書論・ことばのオアシス・国語力常識クイズ(一問一答!)-

関東大震災時、人々が流言を信じたのはなぜか、躊躇うことなく朝鮮人を虐殺したのはなぜか・・・【情熱的読書人間のないしょ話(2366)】

【読書クラブ 本好きですか? 2021年10月9日号】 情熱的読書人間のないしょ話(2366)

ハネナガイナゴあるいはコバネイナゴと思われるイナゴ(写真1~3)をカメラに収めました。翅の長さが腹部より長いものはハネナガイナゴ、短いものはコバネイナゴと見分けていたのだが、コバネイナゴの中に翅が腹部より長い長翅型も存在するとのことなので、私たち素人には確定的なことは言えなくなってしまいました。コイ(写真4)の幼魚たちが群れています。オキザリス・トライアングラリス(ムラサキノマイ。写真5)が咲いています。我が家のハナミズキ(写真6)が紅葉してきました。

閑話休題、『関東大震災「虐殺否定」の真相――ハーバード大学教授の論拠を検証する』(渡辺延志著、ちくま新書)は、フェイクニュースを論じた新書判だが、ずしりと重い内容の一冊です。

1923(大正12)年9月1日に発生した関東大震災の朝鮮人虐殺に関して、荒唐無稽にしか思えない流言を人々が信じたのはなぜか、躊躇うことなく人々が人を殺したのはなぜか、そして、虐殺はなかったと主張する人々がいるのはなぜか――という疑問から出発しています。

「(前東京市長で内務大臣兼帝都復興院総裁の)後藤新平文書によれば、(1923年)11月15日の段階で、367名が朝鮮人を殺傷したとして起訴されていた。9月2日から6日までに発生した53件の事件で合わせて朝鮮人233人を殺害し、42名を負傷させた罪に問われていた。判決では、殺したのが朝鮮人の場合はかなりの確率で執行猶予がついた。実刑もあったが4年以下の短期刑で、日本人を殺したり、警察の保護した朝鮮人を奪って殺したりといった場合だった。(強い国家主義で知られた)黒龍会や(関東)自警同盟の主張の線にかなり沿った決着だったといえるだろう。こうした事情を経て、朝鮮人虐殺の実態は曖昧なままに放置され、事実はベールにおおわれていったのだ。いつしか何が事実で、何が嘘だったのかさえ判然としなくなっていった。『誤報』というより『虚報』が大量に生まれ、そのまま放置された。おそらくそれが大きな理由だったのだろう」。殺された朝鮮人の総数は確定されていません。

「関東大震災をめぐる膨大な誤報がどのように生まれ、なぜ放置されたのかが見えてきた。流言を報じたことによる自然発生的なフェイクニュースと、権力による人為的なフェイクニュースとがあったことも浮かび上がってきた」。

『東京大学新聞研究所紀要』の第35号(1986年)と第36号(1987年)の2回に分けて発表された「関東大震災下の『朝鮮人』報道と論調」という論文(筆者は三上俊治、大畑裕嗣)の結論が引用されています。<①流言を打ち消すどころか、軍・警察・一般民衆の間に広がった流言を大々的に、あたかも事実であるかのように報道して読者に誤った状況認識を植えつけ、②それによって各地での虐殺事件を惹起させ、③事実無根の流言とわかった後も、これを積極的に打ち消すなどして読者に正しい認識を与えようとする努力をほとんど示さず、④朝鮮人虐殺については真実を報道せず、10月以降は自警団による一部の虐殺事件(警察によって起訴されたものが中心)のみを報道することによって、一部の『悪自警団』に全責任を転嫁させようとする当局の意図に乗ぜられることになり、⑤『不逞鮮人』と『良鮮人』の呼称を使い分けることによって、朝鮮人に対する国民の偏見と敵対心とを助長し、⑥『朝鮮人』記事の解禁後も、朝鮮人虐殺報道と並行して、当局の発表した『不逞鮮人』による暴行を大々的に報道してこれを既成事実化し、⑦自警団の行為に対しては、同情的な意見を載せることによってこれを免罪し、⑧その後、事件の真相解明・責任追及のキャンペーンを張って世論を喚起するといった努力も示さず、⑨朝鮮半島や大陸での民族解放運動を『不逞団の暴動』として報道しつづけることにより、日本の帝国主義的な植民地支配の本質を国民の目から覆い隠すという役割を果たしたのである>。新聞が行ったこと、行わなかったことを厳しく断罪しています。

「流言はあまりにも荒唐無稽だ。この当時の朝鮮人の多くは各地の建設現場などに住み込みで働く労働者であり、散在した関東地方全域を合わせても1万数千人程度だった。ところが通信も交通も杜絶した震災の混乱の中、数千人規模の集団を組織し武器や爆弾を持って襲ってくると多くの日本人が信じたのだ。そしてためらいなく殺したのだ」。

「近年、韓国との関係が悪化し日本を批判する声が強まるにつれ、『虐殺とはナチスやポルポトの所業であり、法治国家である日本ではありえないこと』『数千人も殺したなどという主張は日本人に対するヘイトだ』といった反発の思いや嫌悪の念を抱く人が増え、『虐殺否定』論を主張する本が刊行されるようになった」。

「社会に力を持つフェイクニュースとは単なる嘘ではないことを思い知った。多くの人々が信じて疑わない嘘なのだ。社会や人々の中に、信じ込む背景が、待ち望む人や想いがある嘘だといえるかもしれない。そんな思いを抱くと、関東大震災がいくらか異なる姿で見えてきた。流言とはフェイクニュースだったのだ。それを報じた新聞もフェイクニュースだった。何よりも、政府の処理そのものがフェイクニュースだったのだ。米国での(2021年初の「トランプ大統領支持者たちによる国会議事堂)襲撃事件よりもはるかに大きな規模で、はるかに広範囲で、そしてはるかに破壊的に起きたフェイクニュースの爆発、それが関東大震災の朝鮮人虐殺だったのだろうと思えてならない」。

フェイクニュースを見破る、フェイクニュースに踊らされない重要性、必要性を再認識させられました。