榎戸誠の情熱的読書のすすめ -3つの読書論・ことばのオアシス・国語力常識クイズ(一問一答!)-

アルバイト先の託児所で、長期滞在児が高熱で急死してしまったら、あなたならどうする?・・・【山椒読書論(609)】

【読書クラブ 本好きですか? 2021年11月20日号】 山椒読書論(609)

コミックス『人間交差点(3)――流された記憶』(矢島正雄作、弘兼憲史画、小学館)に収められている「春の惑い」は、託児所でアルバイトをしている友子の物語である。

親が全然顔を見せない長期滞在児(長い間、託児所に預けられている子供)の良夫が高熱でぐったりしているのを見つけた友子は、職員に報告する。しかし、職員が医師に連絡しなかったため、良夫は、その夜遅くに死んでしまう。

「そうよ、私には何も関係ないことだわ。姉弟でもなく、第一、母親がほっぽらかしているのに他人の私達が何も・・・良夫君はそういう運命だったのよ・・・良夫君の死は、私には無関係な死なんだわ。・・・アルバイトだったんだもん・・・わたし、エルメスのケリーバッグが欲しかっただけだもん」。

ところが、テレビのワイドショウに登場した良夫の母親が慰謝料を請求すると言い出す。

友子は、クラブのホステスをしている良夫の母親に会いにいく。「託児所に2年間も預けっぱなしにされて、ほとんど、いえ、全然外に遊びにさえ連れ出されずにいました。外に子供を遊びに行かせるだけの手が託児所にはないからです。あの小さなベビーベッドの中が、良夫君の世界だったんです。無表情な子でした。何を言っても反応がなく、うつろな目をして天井を見詰めてばかりいました。薄暗い、昼間でも電気をつけなければいけないような部屋の中で、暮らしていたんです。一番大事な時に、ほとんど母親の顔をみることもなく、放っぽらかされていたセイだと思います」。「・・・あんた、何が言いたいの?」。「確かに託児所にも私にも責任はあります。でも、お母さんであるあなたにも責任はあるんです」。「!!・・・なんですってッ!?」。

これは、漫画という形を借りた、鋭い問題提起である。