榎戸誠の情熱的読書のすすめ -3つの読書論・ことばのオアシス・国語力常識クイズ(一問一答!)-

夫が出征中の妻が示した毅然とした行動が胸を打つ作品・・・【山椒読書論(630)】

【読書クラブ 本好きですか? 2021年12月14日号】 山椒読書論(630)

絵本『おもいでのクリスマスツリー』(グロリア・ヒューストン文、バーバラ・クーニー絵、吉田新一訳、ほるぷ出版)は、夫が出征中の妻が示した毅然とした行動が胸を打つ作品です。

北米のアパラチア山脈の奥の「松ガ森」という小さな村では、毎年、交替で当番になった家がクリスマスツリーを教会に立てるというしきたりがありました。

初春に、今年の当番になったパパがルーシーを連れて探しにいき、遂に、爺が岳の高い崖の天辺に一本だけぽつんと立っている立派なバルサムモミを見つけ出すことができました。

「夏がきたとき、パパは兵士となって、はるかとおく、海のむこうの戦場へいきました」。

パパはなかなか帰ってきません。「ついに、クリスマス・イヴまで、あともう一日になりました」。「その夜おそく、ママはルーシーをおこしました」。

「ママとルーシーは、(愛馬の)『まだら毛』とそりをひいて、いくつもの丘をのぼり、尾根をわたっていきました。でも、あのすばらしいバルサムモミは、なかなかみつかりません。『パパは、バルサムモミは、だいたんな男しかのぼっていかないような山の、天高くそびえる、ごつごつの岩にそだつって、いってたわ』とルーシーがいうと、ママは『高くそびえる、ごつごつの岩なら、まだ、もっともっと上へのぼっていかなくてはだめね』とこたえました。ふたりは、爺が岳のいちばん高い岩へむかって、尾根にそい、馬をゆっくり上へすすめていきました。はるか下の谷間に、村がしずかにねむっているのがみえます。やがてついに、高いがけのはしに、バルサムモミがぽつんとたっているのが、みえてきました。『ほら、あれよ、ママ。あたしの髪のリボンがてっぺんにむすんであるでしょう』。ルーシーが先にたって、ごつごつの岩を、はしるようにのぼっていくと、ママと『まだら毛』もあとからいそいでついてきました」。

「ママは、パパのおのを高くふりあげました。おのの刃が、月のひかりをうけてピカリとひかりました。バシッ! ビシッ! という音が、まわりの岩山や丘にひびきわたりました」。

「家のドアにノックの音がしたときには、太陽はもう冬の空に高くのぼっていました。『クリスマス・イヴおめでとうございます、オリス牧師さん』とママはいいました。『さあ、どうぞおはいりになって、おやすみください』。『クリスマスツリーのことをおききになりましたか?』。牧師さんはききました。『高い岩山にはえていたすばらしいバルサムモミが、けさ、鐘楼の入口にあったんですよ』。『まさか! ほんとうですか! なんてふしぎな』。『いや、それだけじゃないんです。谷間の人たちが、ゆうべおそく、高い尾根の上で、天使たちのうたう声をきいたんですって、村じゅうひょうばんですよ。しかも、そのうたが、クリスマスのうただったというんです』。ルーシーは、牧師さんにわらい声をきかれないように、ママのパッチワークのかけぶとんに、顔をそっとうずめました。ルーシーが、みたこともないきれいなドレスを、ママにきせてもらったのは、その日も夕方ちかくなってからでした」。

夫の名誉を守るために、敢然と勇気ある行動に出た健気な妻――これぞ、愛の極致ですね!