庭のある古い家で一人暮らしの高齢男性と、町内会に頼まれて老人たちを見回る中年女性の物語・・・【山椒読書論(646)】
コミックス『人間交差点(25)―― 一里塚』(矢島正雄作、弘兼憲史画、小学館)に収められている「殻の中」は、地方都市の庭のある古い家で一人暮らしの高齢男性・富岡と、町内会に頼まれて老人たちを見回る中年女性・藤田の物語である。
「私は、この庭を何年も見続けている」。
「おじいちゃん、いる?」。「また来おったか。この中年女は、町内会に頼まれたとか称して私のところに、ちょくちょく顔を出す」。「大丈夫? ちゃんとやってる? 困ったことがあったら、すぐ電話してね。おじいちゃんは、奥さんも子供もいない一人っきりの老人なんだから、何かあったらすぐ連絡しなきゃダメよ。はい、お茶」。
「放っておいて欲しいのである・・・本を読み、過ぎし日を懐かしみ、三度の食事を作り、家の掃除をする・・・四季の野菜があり、魚がある。寒さがあり、暑さがあり、また一息ごとに自然に感謝したいぐらい気持ちのいい季節もある。思えば様々なところへ行き、様々な街を歩いた。北海道には新聞記者として20年近くもいただろうか。あの頃は、ジャーナリストとしての気概があった。・・・しかし、あの輝ける時代も今となっては、遠い過去の思い出だ。たぶん・・・私はこの景色を見ながら死んでゆくのだろう」。「何だ、いるんじゃないの!! 声かけても返事がないんで心配しちゃったわよ」。
「この女は一体何だろう・・・優しい心を持っている女ではあるな・・・私の70年の人生の中で、私を頭ごなしにしかりつけたのは、この女が初めてだ・・・」。
「もう1週間近くもこない・・・」。心配になった富岡は、雪の中を藤田の家まで訪ねていく。藤田は何年ぶりかで風邪をひき、寝込んでいたのである。
後日、お茶を注ぎながら、「おじいちゃん、やっぱり施設へ行くの、やめた方がいいわ」。「どうして? ボケてしまうんじゃないのか・・・」。「大丈夫! 私が毎日来てケンカしてあげる。そうすればボケることはないわ」。「春風駘蕩だ・・・」。
こういう老後生活もいいかもね、などと女房に漏らしでもしたら、今晩の夕食は抜きにされてしまうかもしれないなあ。