あらゆる選択を間違えてここにいる――伊集院光監修の自由律俳句集・・・【山椒読書論(671)】
【読書クラブ 本好きですか? 2022年2月18日号】
山椒読書論(671)
伊集院光は、私の好きな数少ないタレントの一人である。『次の角を曲がったら話そう――伊集院光とらじおと自由律俳句の本』(伊集院光監修、小学館)には、伊集院のラジオ番組「伊集院光とらじおと」の「伊集院光とらじおと放哉と山頭火と」のコーナーにリスナーから寄せられた自由律俳句が収録されている。
因みに、伊集院が好きだという尾崎放哉は「咳をしても一人」、種田山頭火は「どうしようもないわたしが歩いてゐる」といった自由律俳句で知られている。
●息子の彼女が私に似ている
●父と母だけ老いる町
●次の角を曲がったら話そう
●博学の父、正論の母
●あらゆる選択を間違えてここにいる
●「いろいろあって」の7文字に全て詰め込む
●旅先で嘘をつく
●「も」と打つだけで「申し訳ありません」
●飼い犬に噛まれて、犬の老いを知る
●大人になるって寛容になること、老人になるって偏屈になること
●一番近い銭湯が年々遠くなる
●黙っていられる間柄
●思春期vs更年期
●追い焚きが終わるのを全裸で待つ
●自分は入らないだろう墓を掃除する
●婚活を豚カツと聞き間違える
●個性が大事っていう歌の個性の無さ
●季節の段差につまづく
●うたた寝さめて、この世に1人
●英字新聞で兜を折る
●見て見ぬふりを、見て見ぬふり
●夜また夜さらに夜
●生命力が走ってくる
●あとの祭りのあと
私も一句ひねりたくなってしまった――肩まで浸かって浮世風呂。