芥川龍之介が、『六の宮の姫君』はキャッチボールだと言った謎に挑む・・・【情熱の本箱(398)】
『米澤屋書店』(米澤穂信著、文藝春秋)の中で、米澤穂信の作家人生を決定づけた本として紹介されている『六の宮の姫君』(北村薫著、創元推理文庫)を手にした。結論を先に言ってしまうと、これは文学史の謎に挑んだ大傑作である。
文学部4年の女子学生の「私」は、卒論で芥川龍之介に挑戦しようと考えている。文壇の長老・田崎信から、芥川の自宅を訪問した際の、「・・・西洋の騎士物語から、話が流れて、誰かが芥川さんの『六の宮の姫君』のことに触れたんだ。芥川さんは銘仙の一枚小袖。煙草をくわえて、せわしなくマッチ箱を揺らしていた。それから、マッチを取り出すと火を点けて一服した。そして、いったな。『あれは玉突きだね。・・・いや、というよりはキャッチボールだ』」という体験談を聞かされる。「私は目を見開いてしまった。『六の宮の姫君』は題の示す通り、王朝物である。そんな言葉のおよそ不似合いな作品ではないか。『何ですか、それは』。先生は夢から覚めたようにふっと私の顔を見た。『分からんなあ。ぽつりと言葉を投げ出しただけだ。勿論、そこにいた連中もわけを聞いたけれど、笑って取り合わなかったな。髪の毛をかき上げると、すぐに話を替えてしまった。押してそれ以上聞くわけにも行かなかったよ』」。因みに、『六の宮の姫君』(芥川龍之介著、新潮文庫『地獄変・偸盗』所収)は、私・榎戸の好きな作品である。
芥川が言った「キャッチボール」とは、どういう意味か、なぜ、こういう言葉を口にしたのか。その裏に隠された謎を解こうと、私は『六の宮の姫君』を調べ始めた。そして、芥川の種本である『今昔物語』へと進んでいった。
【注意!】この先はネタバレになるので、結末を知りたくない人は読んではいけない。
キャッチボールというからには、当然、相手がいたはずだと思いつく。キャッチボールの相手になりそうな人物を探していき、紆余曲折を経て、芥川が「兄貴」のようだと言っていた菊池寛に辿り着く。そして、菊池の短篇『頸縊り上人』を探し当てる。この短篇の種本は『沙石集』である。
遂に、私は「キャッチボール」の謎を解くことができた。鎌倉時代の僧・無住の『沙石集』に反発した菊池が『頸縊り上人』を書く。『頸縊り上人』に反発した芥川が『六の宮の姫君』を書いたのである。親しい友人ではあったが、文学観の異なる菊池と芥川の間でキャッチボールが行われていたのだ。
米澤のみならず、私・榎戸にとっても、本書は大切な一冊となった。