高学歴が社会を分断するという主張・・・【情熱的読書人間のないしょ話(2845)】
シロハラ(写真1~4)が樹上でキョッキョッと鳴いています。ツグミ(写真5~8)、ジョウビタキの雄(写真9~12)、雌(写真13)、アオジの雄(写真14、15)をカメラに収めました。
閑話休題、『我々はどこから来て、今どこにいるのか?(上:アングロサクソンがなぜ覇権を握ったか、下:民主主義の野蛮な起源)』(エマニュエル・トッド著、堀茂樹訳、文芸春秋、)では、フランスの歴史人口学者・家族人類学者のエマニュエル・トッドのユニークな仮説が展開されています。
私が注目したのは、●社会は意識、下意識、無意識の重層構造だという説、●高学歴が社会を分断するという主張、●日本、ドイツ、ロシア、中国の国力の未来予測――の3つです。
●社会は意識、下意識、無意識の重層構造だという説
「人間社会とその動態を層状の構造として表象することができる。まず歴史の表面に、(フロイト精神分析の局所論の)意識に相当するものを見出すことができる。それが経済学者たちの語る経済、メディアが日常的に話題にしている経済である。・・・政治もまた意識に属することはいうまでもない。・・・より深いレベルに、社会の下意識を見出すことができる。教育(学歴)がそれであり、一般市民やコメンテーターは、自らの現実生活を顧みてその重要性を察知することができる。・・・親たちは、自分の子供たちの運命――成功、生き残り、経済的破滅――が学校の成績に依存するだろうことを知っている。・・・より一層深い部分に、さまざまな社会の正真正銘の無意識がある。家族と宗教と、この2つの複合的な相互関係がその実体だといえる」。この説はトッドの理論の根幹をなすものだけに、説得力があります。
「社会生活を意識、下意識、無意識というように階層序列化するだけでは充分でない。また、その重層構造の中を、政治・経済から教育へ、それから宗教生活へ、そして最後に家族生活へと深く降りていくにつれて変化のリズムが緩慢になるのだということを理解しても、それだけでは充分でない。最後の知的跳躍として、人類の深い部分の推移が、これまで人びとが信じてきたような推移ではないことを認める必要がある」。
●高学歴が社会を分断するという主張
「高等教育が自由主義的民主制社会の文化的同質性を壊し、開放性称讃の価値観に執着する『上の方の人びと』と、自国の国境を管理し、自国民の利益を優先事項と見做すことをネイションの権利として要求する『下の方の人びと』を創出した」。
「社会学的観点で一つ、明確にしておくべきことがある。社会のイデオロギー的分裂の原因を教育の階層化に特定できた以上、問題は構造的であって、ある意味で超克不可能なのだと断言できる。・・・(近代民主制の基礎である普遍的識字化に)初等教育レベル、中等教育レベル、高等教育レベルといった『メリトクラシー(能力主義)的階層』によって社会が分割されるという事態が重なったのである。また、高等教育自体も、さまざまな修了証書の世間での評判や大学の序列によってグレードが細かく分かれている。メリトクラシー的な選別は、実際のところ、高等教育階層に昇格する者を送り出す人口集団として、識字化された大衆が存在していなければ機能しない」。
「したがって先進社会は、ある緊張の中を生きることになる。異なる2つのレベルの教育の影響が対立する。普遍的な初等教育が倦まずたゆまず民主制の可能性を培う一方で、高等教育がこれまた倦まずたゆまず上層階級を供給するのだが、この上層階級は、メリットに応じて選別されたがゆえに、自分たちの知的・倫理的優越を事実上ではなく権利上のものとして自明視する。この優越感は集団的幻想である。選別のメカニズムによって生み出される同質性と順応主義が、知的に自閉していて、個人としての自立的にものを考える力の弱い『上の方の人びと』、という究極の逆説的現象を生み出すのだ。かくして、社会学的には、『上の方の人びと』はある意味で愚かで、倫理性も低いといえる。・・・どの方向の選択であっても、初等教育の結果である平等主義と、高等教育に由来する不平等主義の間に存在する矛盾を解くことはできないのであり、先進社会は、もし一体感と持続性を維持したいのなら、中間的な道を見出さなければならない」。
この問題は超克不可能と断定するのではなく、また、曖昧模糊とした対応策を挙げるのではなく、真に有効な解決策を提示するのが人口学者の役割ではないのか――と、私は著者に不満をぶつけたい。
●日本、ドイツ、ロシア、中国の国力の未来予測
「日本は他の国々よりも急速に進学率を上昇させ、その結果、2000年頃に25歳に達した若者世代以降、高等教育課程を修了した個人が世代人口の35%を占めるという米国の状況に追いついている。・・・ところが、ドイツの軌跡はこのパターンから外れている。・・・かつて人類を代表して前例のない普遍的識字化をやってのけたこのネイション(ドイツ)が、第二次世界大戦以来、高等教育の非常に緩慢な普及に特徴づけられている」。「同じ父系制を共有していながら、大学教育普及の進展に日本は拍車をかけ、ドイツはブレーキをかける」。
「われわれは、ドイツや日本のような国がとりわけ人口の面で、世界化への適応と引き換えにきわめて重い代償を払ったことを確認する。ドイツや日本のような国々は、個人主義と、その国々の大方の人の眼に極端すぎるように映るフェミニズムに対して適応しにくい素質を有しているので、その齟齬の結果、もはや自国の人口の再生産を確実になし得ないところにまで追い込まれてしまった。・・・ひとつの社会は、経済の成功・不成功に気に病む前に、自らの人口の再生産を確実に維持しようとしなければならない。・・・まさにこの段階で、2つの偉大な直系家族型社会の類似性が崩れる。ドイツと日本は、人口問題の脅威を前にして、完全に正反対のやり方で反応した。一方は、移民に広く門戸を開けた。他方は、現在のところ、自国の人口減少と国力の低下を受け容れている。・・・こうした状況の中で、2010年以来、日本の人口は減少の一途を辿っている。どう見ても、日本は国力の増強や維持を諦めたのである」。日本は移民を増やす方向に方針転回すべきと、私も考えます。
「現場から離れた場所で論議する戦略家たちは、その(エネルギー価格の)急落によって『プーチン体制』が瓦解することを期待するが、そんなことは起こらない。とはいえ、人口学者にとって最も印象的なのは、ロシアの出生率が女性1人当たり1.8人というところまで再上昇したことだ。・・・ロシアの人口政策が最終的に成功するかどうかについては、まだ議論が終わっていない」。
「(中国は)中長期的に見て、出生率の異常な低さ(2020年時点で女性1人当たり1.3人)からして、世界にとって脅威になることはあり得ません。出生率1.3人の国とはそもそも戦う必要がありません。将来の人口減少と国力衰退は火を見るより明らかで、単に待てばいい。待っていれば、老人の重みで自ずと脅威ではなくなるでしょう。・・・中国の大量の人口流出は、非常に低い出生率と相俟って、この国の暗い将来を暗示しています」。
人口学者の見方は一理あるが、私はロシアは衰退し、中国はより強大になると予測しています。