榎戸誠の情熱的読書のすすめ -3つの読書論・ことばのオアシス・国語力常識クイズ(一問一答!)-

ドイツ作家の短篇小説を材料にして、自分なら、もっと面白い小説にしてみせると、太宰治が力を込めて取り組んだ作品・・・【情熱的読書人間のないしょ話(2863)】

【読書クラブ 本好きですか? 2023年2月17日号】 情熱的読書人間のないしょ話(2863)

アオジの雌(写真1)、シジュウカラ(写真2)、シロハラ(写真3)、マガモの雄と雌(写真4~6)、ダイサギとカルガモ(写真7)をカメラに収めました。花粉を生産する雄花をびっしりと付けたスギ(写真8)を目にした途端、花粉症の女房は足早に遠ざかりました(笑)。

閑話休題、『新ハムレット』(太宰治著、新潮文庫)に収められている『女の決闘』は、頗る興味深い短篇です。なぜかと言うと、ドイツの作家、ヘルベルト・オイレンベルクの『女の決闘』を森鴎外が訳したものを材料にして、自分なら、もっと面白い小説にしてみせると、太治宰が力を込めて取り組んだ作品だからです。

オイレンベルクの原作は、自分の夫が付き合っている女学生に人妻が拳銃での決闘を申し入れ、女学生を殺してしまい、その後、人妻も絶食して死んでしまうという単純なストーリーなのだが、太宰は想像力を駆使して全く異なる作品に仕上げています。

原作では、人妻の胸中しか表現されていないのに、女学生の気持ち、夫の思いまで拡大解釈して描写されています。さらに、この夫は著名な作家であり、原作の作者自身の経験が下敷きになっているとまで想像を逞しくしているのです。

それぞれの心境が描かれることによって、確かに物語は膨らみを増しているが、文学作品として太宰の作品が原作を凌いでいるかは、別問題です。私は、原作のすっきりしたストーリー展開でも、いや、だからこそ、この人妻の恋愛を貫こうという強い意志がひしひしと伝わってくるのだと考えています。

この作品によって、太宰が作家、芸術家というものをどう捉えていたかが明らかになっているのは、興味深いことです。「この男(夫)の、芸術家の通弊として避けられぬ弱点、すなわち好奇心、言葉を換えて言えば、誰も知らぬものを知ろうという虚栄、その珍らしいものを見事に表現してやろうという功名心、そんなものが、この男を、ふらふら此の決闘の現場まで引きずり込んで来たものと思われます。どうしても一匹、死なない虫がある。自身、愛慾に狂乱していながら、その狂乱の様をさえ描写しようと努めているのが、これら芸術家の宿命であります。本能であります。・・・まことに芸術家の、表現に対する貪婪、虚栄、喝采への渇望は、始末に困って、あわれなものであります。今、この白樺の幹の蔭に、雀を狙う黒い猫みたいに全身緊張させて構えている男の心境も、所詮は、初老の甘ったるい割り切れない『恋情』と、身中の虫、芸術家としての『虚栄』との葛藤である、と私には考えられるのであります」。

芸術家・太宰の面目躍如の意欲的な取り組みと言えるでしょう。