主犯の松永太がこのような残忍な事件を起こすことができたのはなぜか・・・【山椒読書論(792)】
18年前に『消された一家――北九州・連続監禁殺人事件』(豊田正義著、新潮文庫)を読んだ時の衝撃は、今でも鮮明に覚えている。三共(現・第一三共)勤務時代、北九州に6年半住んだことがあるので、なおさらである。今回、同じ事件を扱った『完全ドキュメント 北九州監禁連続殺人事件』(小野一光著、文藝春秋)を読み終わって、主犯の松永太がこのような残忍な事件を起こすことができたのはなぜか、という疑問がますます深まった。
本書では、主犯の松永と、従犯の内縁の妻・緒方純子以外は仮名とされている。
事件全体を時系列で俯瞰してみよう。
▶1994年3月31日=結婚しようという松永の甘言に乗せられて夫と離婚したが、自分は金蔓に過ぎなかったと気づいた末松祥子(死亡時32歳)が大分県別府湾で水死。
▶1995年2月=松永と純子が、金蔓として同居するように仕向けた広田由紀夫とその娘・清美に通電の虐待を繰り返す。夏頃からは浴室で監禁。
▶1996年2月26日=広田由紀夫(死亡時34歳)が浴室内で虐待死。
▶1997年12月21日=松永と純子が、金蔓として同居させていた純子の父・緒方孝(死亡時61歳)を殺害。
▶1998年1月20日=松永と純子が、同居させていた純子の母・緒方和美(死亡時58歳)を殺害。
▶2月10日=松永と純子が、金蔓として同居させていた純子の妹・緒方智恵子(死亡時33歳)を殺害。
▶4月=同居させていた緒方智恵子の夫・緒方隆也(死亡時38歳)が死亡。
▶5月17日=松永と純子が、同居させていた緒方智恵子の長男・緒方佑介(死亡時5歳)を殺害。
▶6月7日=松永と純子が、同居させていた緒方智恵子の長女・緒方花奈(死亡時10歳)を殺害。
▶2011年12月12日=最高裁で松永の上告を棄却。純子についての福岡高検の上告を棄却。松永の死刑と純子の無期懲役が確定。
松永の逆悪非道ぶりは、酸鼻を極めている。
公判廷で、清美が「松永と緒方一家は『王様と奴隷』のような関係だった」と証言している。松永は緒方一家に、「食事の際は、台所の床の上に新聞紙や広告紙を敷き、そんきょの姿勢で、食器を使わずに食事をさせた。食事時間を7、8分間に制限し、その時間内に食事を終えなければ、通電の制裁を加えることがあった。平成9年9月ころからは、小便のためにトイレを使用することを禁じ、ペットボトルにさせた。孝が死亡した平成9年12月21日ころから、緒方一家に対し、大便のためのトイレの使用を一日1回に制限し、トイレを使用させる際も、便座に尻をつけることを禁じ、ドアを開けたまま用便をさせて、緒方(純子)にその様子を監視させた。松永は、緒方一家に対し、片野マンションでの自由な行動や会話を許さず、毎日3、4時間の睡眠時間のほかは、台所の玄関付近等で長時間起立することを強制した。緒方一家は、一日中、無言のまま、足がむくむほど立たされたこともあった。緒方一家は、立たされている間は、移動したり、しゃがんだりすることは許されなかった。・・・また、孝、和美、智恵子、隆也及び花奈を、水を張った浴槽に中に一晩中立たせたこともあった。分断された緒方一家は、抜け駆けが発覚すれば通電という罰を受けることから、常に誰かの『告発』に怯えていた。その結果、相互監視の状況下に置かれ、結果的に全員が松永の虐待を受け続けることになったのである」。
純子が、「特殊な形態での通電場面として、平成10年1月上旬ころ以降、松永が片野マンションの台所で、和美と智恵子を並べて、その陰部に通電しているのを目撃したこともあった」と供述している。「加虐趣味のある松永はそうした場面を撮影し、写真を残していた。私(著者)はかつて福岡県警担当記者から次のように聞いている。『捜査員によれば、押収物のなかに、和美さんと智恵子さんの二人が全裸で並ばされ、お尻を突き出している写真があるそうです』」。
判決文には、「松永は、甲女(清美)を同行させて、智恵子を買い物等に行かせるときのほかは、智恵子と花奈を東篠崎マンションの浴室に閉じ込め、同人らが起きているときは洗い場に立たせておき、寝るときは浴槽の中で向き合わせて体育座りの姿勢で寝かせた。・・・小便はペットボトルにさせ、大便はトイレでさせたが、便座を上げ、尻を便器に付けない状態で排泄させた」とある。
論告書には、「智恵子の解体作業が終わった後、松永は、隆也と佑介も東篠崎マンションに移した。そして、松永は、隆也に対し、ひどく通電を加えた。・・・また、狭い東篠崎マンションには隆也らの居場所が無く、松永は、隆也、花奈、佑介を、東篠崎マンションの浴室内に立たせていた。ひどいときには、まだ寒い時期であったのに、浴槽内に冷水を満たし、その中に隆也ら3人を立たせていたこともあった。このころ、隆也は、東篠崎マンションの浴室内で、佑介、花奈と眠ることを強いられていた。布団や毛布などは一切与えられず、松永の指示で、時折数枚の新聞紙が与えられる程度であった」とある。
「当人が望まない犯行を強要し、実行後にはその責任を押しつけることで、身動きを取れなくする。松永の犯行には、常にそうした卑劣な策が弄されていた。そうしたなかで、3世代6人いた緒方一家は、身内同士の殺人に手を染めることになった」。
緒方一家の最後の犠牲者、花奈の殺害により、松永が企む、もはや用済みとなった緒方一家の殲滅が完成する。文字どおり、「そして誰もいなくなった」のである。
重苦しい読後感がいつまでも消えない一冊である。