榎戸誠の情熱的読書のすすめ -3つの読書論・ことばのオアシス・国語力常識クイズ(一問一答!)-

秘密の隠れ家暮らしのアンネの心情、環境がヴィヴィッドに理解できるグラフィック版の『アンネの日記』・・・【山椒読書論(537)】

【amazon 『グラフィック版 アンネの日記』 カスタマーレビュー 2020年7月24日】 山椒読書論(537)

グラフィック版 アンネの日記』(アンネ・フランク著、アリ・フォルマン編、デイビッド・ポロンスキー絵、深町眞理子訳、あすなろ書房)を読んで感じたことが、3つある。

第1は、本書は、アンネ・フランクの父、オットー・フランクが、アンネの母への不満、隠れ家の同居人たちへの不平、性の目覚めに関する部分を省いて出版した『アンネの日記』ではなく、それらを加えた『アンネの日記(増補新訂版)』(アンネ・フランク著、深町眞理子訳、文春文庫)に基づいているので、感受性が強く自省的な13歳から15歳に至るアンネの心情をつぶさに知ることができること。

第2は、『アンネの日記(増補新版)』の内容の全てを盛り込むことはできないので、当然のことながら、本書はアリ・フォルマンによって編集されているのだが、期待を上回る理想的な編集がなされていること。その上、さまざまな工夫を凝らしたデイビッド・ポロンスキーの絵のおかげで、アンネの心情や、アンネたちが置かれた環境、当時の世情などがヴィヴィッドに理解できること。中でも、登場人物たちの似顔絵による紹介、隠れ家の全体像の絵は、力を込めて描かれている。じっくり、隠れ家の絵を見ていたら、かなり以前のことだが、オランダ・アムステルダムの運河沿いに建つビルのアンネたちの隠れ家を見学した時のことを、懐かしく思い出してしまった。

少年少女だけでなく、『アンネの日記(増補新版)』を最初から最後まで通して読むのは荷が重いという大人にも、ぜひ本書を手に取ってほしい。また、『アンネの日記(増補新版)』を読んだことのある人も、きっと新たな感興を呼び起こされることだろう。私は図書館から借り出して本書を読んだのだが、早速、購入し、書斎の書棚に収めた。折に触れて読み直したいと考えている。

第3は、ユダヤ人だからという理不尽な理由で、ナチスに自由を奪われ、25カ月もの間、恐怖に付きまとわれながら秘密の隠れ家で暮らさざるを得なかったアンネに思いを馳せ、平和、自由、協力の大切さを、今さらながら再認識させられたこと。

僅かな金のために、心ないドイツ人がナチス親衛隊にユダヤ人の居場所を密告する場面。「まるでむかしの奴隷狩りのようです」。「夕方暗くなってから、私もよく見かけるんですけれど、善良な、なんの罪もない人びとが、泣きさけぶ子供たちにつきまとわれ、ころびそうになりながら歩いてゆきます。だれだろうとようしゃはありません。病人、お年寄り、子供、赤ちゃん、おなかの大きなおかあさん。だれもが一様にこの死の行進に加えられるのです」。

ヒトラー暗殺計画が失敗に終わった事件に触れた場面。「親愛なるキティー(日記帳の愛称)、やっと本当に希望がわいてきました。ついにすべてが好調に転じたという感じ。ええ、そう、ほんとに好調なんです! すばらしいニュース! ヒトラー暗殺が計画されました」。「総統の命に別状はなく、あいにく被害は軽いかすり傷とやけどだけですんだとか。同席していた数人の将軍、将校らの中から死傷者が出、計画の首謀者は射殺されたとのことです。いずれにせよこの事件は、ドイツ側にも今や戦争にあきあきして、ヒトラーを権力の座から引きずりおろしたがっている将軍や軍人が、大勢いることを物語っています」。

アンネの日記は、1944年8月1日で終わっている。その3日後の8月4日の午前10時半頃、ナチス親衛隊によって、隠れ家に潜んでいたアンネたち8人は逮捕されてしまう――誰かの密告によって。そして、アンネを含む7人がいかなる運命を辿ったか、戦後まで生き延びたのはオットー一人だけだったことは周知のとおり。

アンネの魂を身近に感じることができる一冊。