榎戸誠の情熱的読書のすすめ -3つの読書論・ことばのオアシス・国語力常識クイズ(一問一答!)-

隠れ家のアンネ・フランク一家を密告したのは、意外な人物だった・・・【情熱的読書人間のないしょ話(2634)】

【読書クラブ 本好きですか? 2022年7月3日号】 情熱的読書人間のないしょ話(2634)

ヒマワリ(写真1~3)、ストケシア・ラエヴィス(ルリギク、エドムラサキ。写真4、5)、キクイモモドキ(写真6、7)が咲いています。

閑話休題、『アンネの日記(増補新訂版)』(アンネ・フランク著、深町眞理子訳、文春文庫)は私の愛読書であり、以前、オランダ・アムステルダムのアンネ・フランク一家の隠れ家を訪れた時は、アンネたちの当時の生活ぶりが偲ばれ、胸が詰まりました。こういう私にとって、誰が隠れ家を密告したのかは、長年に亘り最大関心事でした。

従って、『アンネ・フランクの密告者――最新の調査技術が解明する78年目の真実』(ローズマリー・サリヴァン著、山本やよい訳、ハーパーコリンズ・ジャパン)を貪り読みました。

元FBI特別捜査官等31名で構成された調査チームとコンサルタント20名が力を結集し、最新の捜査法を駆使して真相解明に取り組んだ過程が本書に詳しく綴られています。そして、5年間に亘った懸命の調査は、遂に、密告者に辿り着くことに成功します。

「1944年8月4日、33歳のナチス親衛隊隊員で、親衛隊保安部(SD)ⅣB4課(通称『ユダヤ人狩り部隊』)所属の曹長、カール・ヨーゼフ・ジルバーバウアーがアムステルダムのエーテルペストラートにあった彼のオフィスの席についていたとき、電話が鳴りだした。何か食べに外へ出ようと思っていたときだったが、とりあえず受話器をとった。ただし、のちにそれを後悔することになる。電話をかけてきたのは同じドイツ人の上司、ユリウス。デットマン中尉で、アムステルダム中央部のプリンセンフラハト263番地の倉庫にユダヤ人が隠れているという通報があったと言った。通報してきたのが誰なのかは言わなかったが、親衛隊保安部によく知られた信用のおける人物であることは明らかだった。・・・密告を受けたデットマンが迅速に対処したところを見ると、密告者を信用し、その情報が調査に充分値することを知っていたに違いない。・・・彼らが隠れていた8人を見つけたということだ。オットー・フランク、妻のエーディト、娘のアンネとマルゴー。フランクの同僚で友人のヘルマン・ファン・ペルス、妻のアウグステ、息子のペーター。歯医者のフリッツ・プフェファー。オランダ人は身を隠すことをオンデルダイケン、すなわち『潜行する』と称していた。8人は2年と30日のあいだ潜行していたわけだ」。

「潜伏していた者たちの静かな落ち着きがジルバーバウアーの怒りに火をつけたようだった。『エーテルペストラートのゲシュタポ本部へ連行するから、荷物をまとめろ』と彼が全員に命じたので、アンネは日記が入っている父親のブリーフケースを手にした。そのときの様子をオットーはこう語っている――ジルバーバウアーがアンネの手からブリーフケースを奪いとって、格子縞の日記帳とばらばらの用紙を床に投げ捨て、かわりに貴重品と現金を詰めこんだ。それらはオットーやほかの者がようやくかき集めたもので、フリッツ・プフェファーが歯科医院で使っていた小さなケース入りの金歯まで含まれていた。ドイツの敗戦が濃厚になってきた時期だった。このころには、『ユダヤ人狩り部隊』がドイツ帝国のために集めた略奪品の多くが、誰かの個人的なポケットに入るようになっていた。皮肉なことに、アンネ・フランクの日記を救ったのはジルバーバウアーの強欲さだった。アンネがブリーフケースにしがみついて、逮捕されたときにそのまま持っていったなら、日記はSD本部で没収されたのちに破り捨てられ、永遠に失われていただろう」。

注に、「オランダで身を隠していたユダヤ人の数は2万5千人から2万7千人。その3分の1が密告されている」とあります。

★これから先はネタバレになるので、知りたくない人は読まないように!

粘り強い調査の結果、判明した密告者は、有名な公証人でユダヤ人評議会の評議員のアルノルト・ファン・デン・ベルフという男でした。大金持ちで、アムステルダムのユダヤ人社会で尊敬を集めていた人物でした。ナチスの高官たちにコネを持っていました。何と、アンネ・フランク一家を密告したのは、ドイツ人でもオランダ人でもなく、同胞のユダヤ人だったのです!

「アルノルト・ファン・デン・ベルフは時代のせいで悪夢のジレンマに陥った人物だった。そんな時代に生きたことは彼の責任ではない。重圧に負けてしまって、自分の行動がひきおこす結果をきちんと理解できなかったのかもしれない。ほかの多くの者と違って、悪意から、もしくは、金目当てで情報を渡したのではない。オットー・フランクと同じく、ファン・デン・ベルフが願ったのもシンプルなことだった。家族を救うこと。ファン・デン・ベルフは成功し、オットーは失敗したというのが、悲惨な歴史の真実なのだ。1944年の夏には、移送の終点で人々を待ち受けているのは絶滅であることが、すでによく知られていた。わが子がそんな目にあうことを人は想像できるだろうか? 逮捕と移送の恐怖につねにさらされて生きていたら、正常な倫理観をどうやって保てるだろう? そんな人はごく稀で、ほとんどは無理だ。そうした恐怖のただなかに置かれないかぎり、そして、現実にそうならないかぎり、自分がどう行動するかはけっしてわからない」。著者の言いたいことは分かるが、いくら何でも、アルノルト・ファン・デン・ベルフの肩を持ち過ぎではないかというのが、私の本音です。

なお、アウシュヴィッツ強制収容所から、一家で唯一人生還したオットーが、1945年に密告者の名前を記した匿名の手紙を受け取っていたにもかかわらず、密告者の正体を隠そうと努めた理由も、本書に記載されています。

実に読み応えのある一冊です。