滝沢馬琴は無類の鳥好きで、100羽を超える鳥を飼育していた・・・【情熱的読書人間のないしょ話(3085)】
ツツドリ(写真1~4)、モズの雄(写真5)、ダイサギ(写真6)、アオサギ(写真7)、シロオニタケと思われるキノコ(写真8、9)をカメラに収めました。今宵の中秋の名月は満月です(写真10)。因みに、本日の歩数は11,279でした。
閑話休題、『大江戸飼い鳥草紙――江戸のペットブーム』(細川博昭著、吉川弘文館・歴史文化ライブラリー)によって、江戸時代には大名から庶民に至るまで、さまざまな身分、職業の人間が愛玩を目的として鳥を飼っていたことを知ることができました。
とりわけ興味深いのは、滝沢馬琴が無類の鳥好きであったことです。
「馬琴は小説のほかに長期に及ぶ詳細な日記を後世に遺している。この日記の中に鳥に関する記述を多数、見つけることができる。馬琴は仕事場でもある自宅で鳩やカナリアを飼い、繁殖を行なっていた。カナリアの雛が孵ればそれを日記に記し、蛇やイタチが鳥籠を襲えばそれを記す。調子の悪い鳥のことで相談を受ければ、解決法を教えてやる。日記中には、そんな記述さえある。膨大な日記の中から鳥に関する部分だけを抜き出してみると、現代の愛鳥家とそう違わない人間の姿と、鳥がいる家庭の姿が浮かび上がってくる」。
「文化11年の春から翌年にかけて馬琴が飼っていた鳥は次のとおりだ。和鳥、輸入鳥を合わせた、いわゆる小鳥が約70羽。この中には、ウソ、カナリア、ホトトギス、カッコウ、ヨシキリ、サンコウチョウ、キクイタダキ、メジロなどがいたようである。鳩にはことのほか執着があったようで、キンバト、ギンバト、シラコバト、チョウショウバト、アオバト、キジバト、ドバト、クジャクバト、連雀鳩(ドバト=アークエンジェル種)の8種17羽がいた。このほか、チャボ、烏骨鶏といった鶏類、小鴨、オシドリ、バン、シギといったやや大型の水鳥も家の庭で飼っていたという」。
「馬琴は、家にこもって仕事をし続けなくてはならないことからくる苛立ちの解消を鳥に求めた。その試みは見事に成功し、籠の中で囀り、羽ばたき、羽繕いをする鳥は、その声と姿で彼に安らぎを与えることとなったのである。しかし、馬琴の心にあったのは安らぎを得たいという気持ちだけではなかった。あれも欲しい、これも欲しいという物欲や所有欲、鳥の飼育について詳しい知識を身に付けたいという知識欲もまた、その内に持ちあわせていた。こうした気持ちが絡み合った結果、100羽を超える鳥を飼うという、とんでもない事態を招いたわけである」。
その上、「滝沢馬琴は、『禽鏡』という名の鳥の図譜(図鑑)を遺した。『禽鏡』は巻物6巻から成り、丁寧に描かれた300点もの鳥の絵に、文章による解説が付記されたものとなっている。絵を描いたのは馬琴の末娘くわ(鍬)の夫である渥見覚重(渥美赫州)で、解説は馬琴自身の手書きである。『禽鏡』に描かれた鳥は18目63科、種は亜種も含めて225種にも及んでいる。『禽鏡』が完成したのは天保5(1834)年で、馬琴68歳の時だった」。