榎戸誠の情熱的読書のすすめ -3つの読書論・ことばのオアシス・国語力常識クイズ(一問一答!)-

ジェイン・オースティンの『高慢と偏見』と、野上弥生子の『真知子』の関係・・・【情熱的読書人間のないしょ話(3370)】

【僕らは本好き読書隊 2024年7月2日号】 情熱的読書人間のないしょ話(3370)

我が家の料理人兼庭師兼撮影助手(女房)の誕生日祝いを和食処「梅の花」でしました(写真1~9)。我が家のキッチンの曇りガラスにちっちゃなニホンヤモリ(写真10)が。

閑話休題、『翔ぶ女たち』(小川公代著、講談社)のおかげで、その名は知っていたが、人物像や作品については定かでなかった野上弥生子に対する理解を深めることができました。

「親の決めた相手と結婚することを拒み、(野上)豊一郎を選んだ弥生子はやはり『新しい女性』の側面を備えていました。(ジェイン・)オースティンもまた、フェミニズムといわゆる『家庭の天使』とのあいだで揺れ続けた作家です。30年にわたり、女性の生きづらさをテーマとする文学研究を続けてきた私が、オースティンの葛藤に共感した弥生子に夢中になるのは必然でした」。

「(イギリスの社会全体が急速に保守化した)社会情勢の中で書かれたオースティンの『高慢と偏見』には、どうすれば批判的主体としての『女』が社会に受け入れられるかという創意工夫が見られる。・・・私が思うに、弥生子は『新しい女』が誕生しつつあった時代にリアルタイムでバックラッシュ(反動、揺り戻し)の波を感じ取っていた。だからこそ、(夏目)漱石からオースティンの『高慢と偏見』を勧められて読んだとき、(平塚)らいてうや(伊藤)野枝たちとは違う生き方を選んだ自分と重ね合わせたのではないか。彼女がより保守的な生き方を選んだのも、オースティン的と言える。オースティン自身も、結婚はしなかったものの、実人生においてはスキャンダルとはまるで無縁であった」。

「(『高慢と偏見』の原書を愛読書にしていた)弥生子は、この(『高慢と偏見』の翻案小説『真知子』の)ヒロインを社会通念に屈する人物としてではなく、複雑な判断や省察的な思考プロセスを経て、自らの生き方を選び出そうとする女性として描こうとする」。

「長い歴史のなかで夥しい数の才能ある女性、知性を磨いてきた女性が、パートナーや夫に『吸い取られる』こと、犠牲になることに耐えてきたのだとすれば、このような視点は貴重である」。

「弥生子は嫉妬深い夫にしばしば怒りの感情を向けながらも、自分の創作活動を支えてくれる結婚生活を捨て去ることはしなかった。まさにネガティヴ・ケイパビリティの力が発揮されていたのだろう。ネガティヴ・ケイパビリティとは、答えのでない不確かさのなかで耐える能力という意味で、イギリスの詩人、ジョン・キーツが弟たちに宛てて書いた手紙で初めて用いた言葉である」。