榎戸誠の情熱的読書のすすめ -3つの読書論・ことばのオアシス・国語力常識クイズ(一問一答!)-

長い婚活を経て、漸く巡り合えた婚約者が、忽然と、何も告げずに消えてしまったら・・・【情熱的読書人間のないしょ話(2950)】

【読書クラブ 本好きですか? 2023年5月17日号】 情熱的読書人間のないしょ話(2950)

東京・千代田の東京国際フォーラムは新緑に包まれています。因みに、本日の歩数は11,891でした。

閑話休題、長い婚活を経て、漸く巡り合えた女性が、結婚式まで8カ月という時になって、忽然と、何も告げずに消えてしまったら、あなたならどうしますか? 

傲慢と善良』(辻村深月著、朝日文庫)は、このような緊迫したシチュエーションから始まります。

主人公の西澤架(かける、39歳)は、坂庭真実(まみ、35歳)が姿を消す2カ月前にストーカーに脅えていたことから、この失踪にはそのストーカーが絡んでいるに違いないと睨み、警察に真実の捜索を依頼するが、警察は事件性なしと判断して動いてくれません。

ストーカーは何者なのか、真実はどこにいるのか――架は自ら真実を探し出そうと、真実の両親や姉、真実が登録していた結婚相談所の経営者、見合い相手の男性、同級生、勤め先の同僚たちを訪ね回ります。「真実と出会う前の架に自分の物語や過去があったように、架と出会う前の真実にも、同じく彼女の物語と過去があったはずだった、その過去を、甘く見ていた。だから純粋に知りたかった。(出身地の)群馬にいた頃、彼女に何があったのかを」。

自分も架と一緒になって真実を探している気分になってしまい、最終ページまで、一気に読み通してしまいました。そして、思いもかけない事実が明らかになった時の衝撃!

タイトルの『傲慢と善良』は、ジェイン・オースティンの『高慢と偏見』へのオマージュでしょう。結婚相談所を経営する小野里夫人が架に「『高慢と偏見』という小説を知っていますか」と問いかけます。「『名前だけは。ただすいません、読んだことはないです』。・・・『当時は恋愛するのにも身分が大きく関係していました。身分の高い男性がプライドを捨てられなかったり、けれど、女性の側にも相手への偏見があったり。それぞれの中にある高慢と偏見のせいで、恋愛や結婚がなかなかうまくいかない。英語だと、高慢は、つまりプライドということになりますね』。『はい』。『対して、現代の結婚がうまくいかない理由は、<傲慢さと善良さ>にあるような気がするんです』。小野里が言った。さらりとした口調だったが、架の耳に、妙に残るフレーズだった。『現代の日本は、目に見える身分差別はもうないですけれど、一人一人が自分の価値観に重きを置きすぎていて、皆さん傲慢です。その一方で、善良に生きている人ほど、親の言いつけを守り、誰かに決めてもらうことが多すぎて、<自分がない>ということになってしまう。傲慢さと善良さが、矛盾なく同じ人の中に存在してしまう、不思議な時代なのだと思います』」。

婚活について、結婚について、夫婦について、そして、家族について、深く考えさせられる作品です。