榎戸誠の情熱的読書のすすめ -3つの読書論・ことばのオアシス・国語力常識クイズ(一問一答!)-

「・・・寒くて、すまないけどね・・・」と、三千子の薄い肌着に手をかけて、梶は哀願するように云った。――老骨・榎戸誠の蔵出し書評選(その211)・・・【あなたの人生が最高に輝く時(298)】」

【読書の森 2024年9月9日号】 あなたの人生が最高に輝く時(298)

●『人間の條件』(五味川純平著、三一親書)

「・・・寒くて、すまないけどね・・・」と、三千子の薄い肌着に手をかけて、梶は哀願するように云った。「あすこに、あの窓のところに、立ってくれないか」。

私の心に強烈に刻み込まれている、五味川純平の『人間の條件』(三一新書)第三部の一節。「ためらいはしなかった。起き直ると、一刻も惜しむかのように全裸になった。張りきった乳房が大胆に揺れたのは、男の切ない悲願に応えたのだ。・・・梶は、眺め、見つめ、いざり寄って、抱きしめた。これがこうする最後かもしれない。女には云わない」と続く。正義感のために軍隊内で孤立し、苦渋する梶二等兵を遥々と国境近くまで訪ねてきた妻・三千子との、何とも切ない久しぶりの再会。言われなくとも、妻は、「この人は、死ぬのではないか。この人は、もう、覚悟しているのではないか」と感じているのだ。

原作に忠実に製作されたDVD-BOX『人間の條件』(小林正樹監督、仲代達矢・新珠三千代出演、松竹ホームビデオ)は、圧倒的な迫力で、戦争の中で人間はどう生きるべきかを問いかけてくる。