『日本書記』には、藤原不比等の恐るべき野望が込められていた・・・【山椒読書論(108)】
「聖徳太子は架空の人物であった」という大胆な仮説で知られる大山誠一が、「日本書紀は藤原不比等(ふひと)が創作した」という仮説に取り組んだのが、『天孫降臨の夢――藤原不比等のプロジェクト』(大山誠一著、NHKブックス)である。
実は、「日本書紀は不比等が創作した」という説は、1970年に梅原猛が『神々の流竄』で、1983年には佐々克明が『養老元年の編集会議――日本正史誕生秘話』で既に発表しているが、本書は、先進国家である中国に対し、我が日本にも「天皇」という中国の皇帝に負けないような権威を有する立派な君主がいるぞ、馬鹿にしないでくれ、と見栄を張るために、天才的な聖徳太子と、高天原・天孫降臨・万世一系という神話(以下、天孫降臨神話と呼ぶ)を創作した、と主張している点で、説得力が増している。
不比等が聖徳太子を捏造したのは、なぜか――「『日本書紀』編者は、(飛鳥に君臨した実力者の)蘇我馬子という現実を排除して、聖徳太子と推古女帝という虚構を記した。本来、仏教伝来と興隆の功績は蘇我氏のものであった。『日本書紀』編者は、聖徳太子を捏造して蘇我馬子の事績のほとんどを聖徳太子との共同事業とし、最後に推古を登場させ、蘇我馬子の功績を横取りしたのである。言わば、蘇我馬子の功績の上に、聖徳太子と推古の名を上塗りしたのである」。
不比等が天孫降臨神話を創作したのは、なぜか――「(不比等は)草壁(天武天皇の皇子)の血を引き、不比等の娘が生んだ皇子(後の聖武天皇)の即位にこだわっている。草壁と不比等の交点に成立した一系の血筋。草壁、軽(後の文武天皇)、首(聖武)の血筋を、父系をたどって遠く神代まで遡らせていくと高天原・天孫降臨に始まる万世一系の神話にいたる。こうして不比等が作った神話こそ、『日本書紀』の論理の中核になる。過去の歴史に、蘇我王朝が存在してはならなかったのである。(『日本書紀』の成立により)万世一系の神話を維持し、同時に、皇位を不比等自身の子孫で独占できるからである」。
こうして、不比等の苦心の作である『日本書紀』は、中国に天皇家の存在を誇示すること、天皇家や豪族、ならびにその子孫たちに天皇支配の正当性を認識させること――という2つの目的を見事に果たしたのである。