榎戸誠の情熱的読書のすすめ -3つの読書論・ことばのオアシス・国語力常識クイズ(一問一答!)-

絶海の無人島から12年後に生還を果たした男・・・【山椒読書論(123)】

【amazon 『漂流』 カスタマーレビュー 2012年12月30日】 山椒読書論(123)

長平という凄い男に出会えた幸運に感謝している。また、この出会いを用意してくれた吉村昭の執念に感謝している。

江戸後期の天明5(1785)年、時化(しけ)に遭遇し、黒潮に遥か遠くまで運ばれてしまった24歳の土佐の船乗り・長平が漂着したのは、不気味に静まり返る絶海の無人島であった。火山島のため、水は湧かず、穀物は育たない。この過酷な環境の中で、一緒に辿り着いた船乗り仲間の3人は、次々に倒れていく。

飲料水をどうするか、食物をどうするか、衣服をどうするか、住居をどうするか、落ち込む気持ちをどうするか。実在の人物・長平がこの危機をいかにして切り抜けたかは、長平の事績をこつこつと丹念に調べ続けた吉村の力作『漂流』(吉村昭著、新潮文庫)で知ることができる。長平の創意工夫と精神力は並大抵のものではなく、驚くべきレヴェルに達している。

「妻と連れ立って海を旅する鯨がうらやましかった。鯨は、自由にどこへでも行くことができるが、自分には島から出ることもできない。あほう鳥は、空を遠くまで飛び、魚は海を泳いでゆく。人間というものの無力感が胸にしみ入った」、「かれは、くずれかける気持をふるい立たせて体力をつけることにつとめた」。

長平がこの無人島に辿り着いてから3年後に大坂の船乗り11名が、そして、5年後には薩摩の船乗り6名が漂着する。長平は彼らを励まし、この絶望的な状況の中で生きていく方法を伝授する。

「『(あほう鳥の)干し肉だけ食べて体を動かさずにいると、(死んでいった仲間のように)死ぬぞ。磯へ出て貝をひろえ』。長平は、しばしばかれらに声をかけた。そして、率先するように、磯に出て貝をひろい、釣竿を海面にさしのべた」、「長平は、深い息をついた。無人の島で生きぬくためには尋常の精神力では果たし得ない。気力が萎え、死をえらぶ男がいるのも当然だった」。

長平がこの島で過ごすこと8年が経過した時、長平は、舟を造って、島から抜け出そうと覚悟を決め、仲間たちに自分たちの手で帰還のための舟を造ろうと呼びかける。『舟が造れなければ、おれたちはこの島で朽ち果てる。それが恐ろしければ、舟を造る。この二つの道しかない。いずれの道をとるか、それをきめたい。島で朽ち果てるか、それとも故国へ帰るか』。皆で力を合わせ舟造りに取り組むことを約したが、材料も道具も無い無い尽くしという困難の連続で、作業は遅々として進まない。この間の長平のリーダーシップは、現代の我々にも多くのことを教えてくれる。

12年4カ月後に、遂に13名の仲間とともに生還を果たした長平は、今や、私にとって、最も尊敬できる歴史上の人物の一人となったのである。