榎戸誠の情熱的読書のすすめ -3つの読書論・ことばのオアシス・国語力常識クイズ(一問一答!)-

夏期講座の最後の一夜に、思いがけない破局が・・・【情熱的読書人間のないしょ話(3929)】

【読書の森 2025年12月23日号】 情熱的読書人間のないしょ話(3929)

マガモの雄と雌(写真1~5)、ダイサギ(写真6)をカメラに収めました。クリスマスローズ(写真7)が咲き始めました。

閑話休題、私が一番好きな文章は辻邦生のそれです。状況、出来事、心理を描くのに過不足のない的確な表現、気品漂う配慮の行き届いた言い回し、人々のそれぞれの人生に対する温かい眼差し――が何とも心地よいのです。

『鳥たちの横切る空――辻邦生短篇選集 Ombre』(辻邦生著、堀江敏幸編、中央公論新社)に収められている『洪水の終り』は、ジェノサイドによるトラウマという重いテーマを扱いながら、辻の文章の魅力が全篇に溢れています。

その年の夏、日本人の「私」は、中仏の古い古い城塞の町のP**大学で行われる西洋中世関係の夏期講座に参加しました。そこで、まだ17、8歳を超えるとも思えないポーランドの少女、テレーズ・モロツカと知り合います。彼女は、生き生きと晴れやかで輝いているかと思うと、何の予測もなく突然陰気に暗く沈み込んでしまうという奇妙な変化を示します。

二人は互いに惹かれ合うものを感じながら、数週間が過ぎていきます。「夏期講座の仲間は、ほとんど例外なく私がテレーズ・モロツカを愛しており、彼女のほうも私に好意を持っていると見なしていたし、私自身そう思いかねない瞬間があったが、しかしいま考えると、それは愛と呼びうるかどうか疑問である。私がテレーズに絶えず気を配っていたのは、彼女のほっそりした華奢な身体つきから容易に感じられるような病的な感じやすさ、病的な脆さを私自身不安に感じていたからである」。

そして、夏期講座の最後の一夜に、思いがけぬ破局が待ち構えていたのです。

その後、テレーズの部屋の電気スタンドの下に折り畳んで挟まれた紙切れ――彼女の意志では永久に出すことのないだろう私宛ての手紙を見つけます。そこに書かれていたのは・・・。

息が止まるほど胸が締め付けられる作品です。