榎戸誠の情熱的読書のすすめ -3つの読書論・ことばのオアシス・国語力常識クイズ(一問一答!)-

西夏の女は、そんなに魅力的なのか・・・【情熱的読書人間のないしょ話(4020)】

【読書の森 2026年3月14日号】 情熱的読書人間のないしょ話(4020)

ジョウビタキの雄(写真1~3)をカメラに収めました。アブラナあるいはセイヨウアブラナ(別名:ナノハナ。写真4~7)、トサミズキ(写真8)、ヒュウガミズキ(写真9、10)、シナレンギョウ(写真11,12)、ハナモモ(写真13)が咲いています。我が家の餌台の常連のシジュウカラ(写真14~16)、メジロ(写真17~20)。因みに、本日の歩数は13,605でした。

閑話休題、『司馬遼太郎短篇全集(1)』(司馬遼太郎著、文藝春秋)に収められている『戈壁(ゴビ)の匈奴』では、成吉思汗(チンギスカン)の西夏攻めが扱われています。

成吉思汗鉄木真(テムジン)は若い時から死の直前まで、西夏の女に憧れ、西夏の女を求め続けたというのです。「年譜によると、成吉思汗は五たび西夏を攻めた」。

19歳の鉄木真曰く、「そこ(西夏)には、女がいる。白い肌、豊かな胸、くびれた腰、女とはそうしたものを云うのだ」。

「『美しい、これは、この世のものではない。わしの若いころ、橋爾別という回紇(ウイグル)人がいた。彼はお前の生まれぬ先から、お前の美しさを讃えていた。その後、わしはお前を獲るために、四十年を費した。世界を従えて、ついに西夏を獲た。そのお前が、いまわしの前に居る』。しわぶきの中から洩れるように聞こえてくる老人(=鉄木真)の口説に、彼女(=西夏の李睍公主)としては、皺んだ口許の震えを眺めるほか、為すことがなかった」。

司馬遼太郎の言うとおり、チンギスカンは西夏の女が欲しくて世界征服を目指したのか定かでないが、男にとって異国の女が魅力的に映ることは理解できます。

井上靖の『敦煌』に、こういう一節があります。「行徳の眼に最初映ったものは、木箱の上に置かれた分厚い板の上に横たわっている一人の女のむき出しにされた下半身であった。行徳はなおも躰を人垣の中へ割り込ませた。人々の肩越しにこんどは女の上半身が覗かれた。女は一糸纏わぬ全裸の姿で横たわっているのであった。一見して漢人ではないことは明らかであった。肌はそれほど白いというのではなかったが、豊満な感じで、行徳がいままで眼にしたことのない艶を持って居り、仰向けにされた顔は觀骨が出て、顎は細く、眼は幾分落ち窪んで暗かった」。これは、西夏の女だったのです。21歳で、この件(くだり)を読んだ時、妖しい胸騒ぎがしたことを鮮明に思い出します。

『戈壁の匈奴』は、1957年に、司馬遼太郎が司馬遼太郎という筆名で発表した小説第1号です。一方の『敦煌』は1959年に発表されています。ほぼ同時期に、司馬遼太郎と井上靖が西夏の女を作品に登場させていることに奇しき縁を感じます。