謎解きに終わらず、いろいろなことを考えさせられるミステリ・・・【山椒読書論(284)】
私が『朗読者』の書評をfacebookに載せた時、かなり年下の友人S――多国語を操り、蛙、軍事訓練、海外旅行、読書が好きな女性――から、「確かに『朗読者』はいいですが、同じ著者のミステリ『ゼルプの欺瞞』(ベルンハルト・シュリンク著、平野卿子訳、小学館。出版元品切れだが、amazonなどで入手可能)も面白いですよ」と唆され、手にした次第である。
これは、かなり風変わりなミステリである。
私立探偵の「私」に、家出人の捜査を依頼する電話が入る。ハイデルベルク大学の女子大生だが、ここ数カ月、連絡が途絶えているという。良家の子女らしいが、この失踪の背後には複雑な家庭関係があるようだ。困難な捜索を続ける私の行く先々で、思いがけない不可解な事件が起こる。しかし、じりじりと粘り強く真実に迫っていく。
語り手の私は、69歳、ナチ政権に仕えた元検事である。戦争末期、ナチに命ぜられるままに多くの人たちを強制収容所に送った。「ナチの検事だった私は、1945年に職を追われた。旧ナチが再び職に就けるようになったときには、私のほうにその気がなかった。それは私がもはや旧ナチではなかったということか? それとも、法曹界のかつての同僚、そしてもし検事に戻っていれば再び同僚になったであろう連中の『昔のことは水に流そう』式の考え方が気にくわなかったからか? 何が正しく、何が正しくないかという問いの答えを出すのは、つねに自分でありたかったからか? それとも私立探偵として気ままに生きたかったから? いったんやめたことにまたぞろ手を出すのはいやだったから? あるいは役所の空気が好きになれなかったからか?」。
ドイツ・マンハイム郊外の森に潜む米軍の軍事施設に対する爆弾テロと、第一次・第二次大戦時の毒ガス貯蔵庫という要素が、サスペンスをいやが上にも盛り上げる。翻って、福島原発のことを想起してしまったのは已むを得ないだろう。
そして、本書の最後に至り、これは愛の物語でもあることに気がついた。
1993年のドイツ・ミステリ大賞最優秀賞受賞作ということだが、通常のミステリの範疇を超えた、いろいろと考えさせられる作品である。