榎戸誠の情熱的読書のすすめ -3つの読書論・ことばのオアシス・国語力常識クイズ(一問一答!)-

ブラジル軍事政権に拉致された娘を必死に捜し回る父親の物語・・・【情熱の本箱(132)】

【amazon 『K.――消えた娘を追って』 カスタマーレビュー 2016年2月29日号】 情熱の本箱(132)

K.――消えた娘を追って』(ベルナルド・クシンスキー著、小高利根子訳、花伝社)は、フィクションであるが、書かれている出来事は全て1970年代のブラジル軍事政権下で実際に起こったことである。跡形もなく「消えた娘」とは、著者の妹でサンパウロ大学化学学部助(准)教授であったアナ・ホーザ・クシンスキー・シルバであり、「K」はイディッシュ語の詩人、文筆家であった著者兄妹の父である(「K」はクシンスキーの頭文字)。

愛する娘は、突然、どこに消えてしまったのか。必死に捜し回る父に、娘は外国で無事に生きているという情報がもたらされるが、それは真実なのか。親に知らせずに政治的同志と結婚していたというのは本当なのか。囚われた娘を目にしたという若い女性の言うことを、どこまで信用していいのか。さまざまな困難を物ともせず、国内外で粘り強く娘の行方を追い続ける父は、遂に恐るべき真相に辿り着くのだが、その犯行現場の凄惨な実態には息を呑む。当の娘の父ならぬ私でさえ、軍事政権への怒りで体が熱くなってしまった。

軍事政権は、国民を分断し、密告を奨励する。特定の政党や団体を非合法と決めつけ、政府にとって不都合と思われる人物は全て連行し、拷問によってその政党なり団体に属していると自白させる。そうすれば、逮捕も拘禁も全て正当化されるからだ。当人だけでなく、身内、友人も同様の目に遭わされる。拷問の苦しさに耐えかねて、知っている限りの人々の名前を挙げてしまう。そうして芋蔓式に捕まった人たちは何で自分が拘束され、拷問されるのかも分からない――このような決して許されぬ、巧みに隠蔽されてきた実態が、父だけでなく、弾圧される側の人間、弾圧する側の人間、ならびに、彼らの周辺の人々の証言、手紙、メッセージ、報告書、会議録などによって明らかにされていく。この多元的、立体的な手法が、私たちに父と一緒になって捜索しているかのような気持ちにさせるのだ。

「大勢のユダヤ人の若者たちが反政府活動に加わるようになって、秘密警察も『過激派ユダヤ人対策』を復活したんです」。

「二人(Kの娘とその夫)は法を遵守する普通の生活を送りながら、その一方、独裁政権に反対する非合法活動に加わっていた、という。『彼はある組織の幹部クラスだったんですよ』とその従兄弟はささやいた。二人は何をきっかけに一緒になったのだろう、とKは自問した。政治活動を通じて意気投合したのか、それともまず恋に落ちて、そのあと非合法活動も共にするようになったのだろうか?」。

「まるでお嬢さん夫婦の周りにどうにも突き破れない城壁が築かれたみたいなのです。お嬢さんが捕まったと認めた人物が二人だけいたのですが、その直後、二度目のときは、あれはまちがいだったと主張するのです、お婿さんについてはそういう話さえありません」。

「二人(Kの娘とその夫)をうまい具合に待ち伏せにした。ラッキーだったな。公園の脇の出口を出た道は人目にはつきにくいところで、二人が気がついたときには、もう頭に袋を被せられ車に押し込まれていた」。

「俺たちがやっていることは何かまちがっているようだ。例のおいぼれ(K)は全く(娘の捜索を)あきらめようとしない。信じられないことに、とうとうキッシンジャーまで巻き込みやがった」。

「こんな反体制的なものを私の印刷所に持ち込むなんて、一体どんなつもりです? 政治的失踪者、共産党員の反体制的な内容の文書だなんて! 彼女(Kの娘)はアカだったんでしょう?」。

「消息を絶った娘を探し求める父親に怖いものは何もない」。「数週間が数か月となれば、疲労感と脱力感に打ちひしがれそうになる。だが、彼はあきらめない。拉致された娘を探す父親は決してあきらめない。もはや希望はひとつも残っていないが、あきらめはしない。今は実際になにが起こったかを知りたいと願う。どこで? 正確にはいつ?」。

「娘の行方を尋ねて国内はもちろん海外までも重要人物に会いに行っていた」。

「何人かは同じ非合法組織のメンバーで、Kの娘と夫を知っていた。全員が、二人の身に何が起こったか、誰が二人を密告したかまで知っていた。Kの娘がずっと前に殺されていることを知っていた」。

「(反政府、非合法組織の)ボスは敵のスパイが組織内部に侵入していること、あるいは仲間うちに裏切り者がいることをすでに察していた。実際いたのだ。それも一人ではなく複数いたことが今ではわかっている」。

本書は、フィクションの形をとった軍事政権、独裁政権への怒りの告発の書として、世界各国で長く読み継がれていくだろう。