榎戸誠の情熱的読書のすすめ -3つの読書論・ことばのオアシス・国語力常識クイズ(一問一答!)-

日本最大の組織を創った男の大胆かつ細心な生き方・・・【リーダーのための読書論(27)】

【医薬経済 2006年6月1日号】 リーダーのための読書論(27)

浄土真宗・本願寺派を現在見られるような大教団に育て上げたのは、意外なことに、宗祖・親鸞ではなく、その240年後に現れた第8代宗主(正式名は留守職)の蓮如であった。当時、参詣する人も稀な零細教団に過ぎなかった浄土真宗・本願寺派を、一代にして日本最大の宗教組織に変身させることに成功した蓮如。その組織拡大、組織維持のノウハウは、宗教という枠を超えて、現代の経営者、リーダーにとっても、いろいろな面で参考になると思う。

蓮如――本願寺王国を築いた巨人』(大谷晃一著、学陽書房・人物文庫)は、豊富な資料に基づき編年体で書かれているので、その時、その時に蓮如が何を悩み、何を考え、何を実行したかを、身近に感じることができる。

最初の悩みは、親鸞の血筋を引いているとはいえ、母親が下女という低い身分であったため、継母に敵対視、冷遇され、貧窮のうちに長期に亘る不遇時代を送らねばならないことであった。ライヴァルとの競争に打ち勝ち、蓮如が遂に宗主の地位に就いたのは、実に42歳の時であった。

次なる悩みは、他の教団は隆々と栄えているのに、親鸞の教えを受け継ぐ本願寺派が寂れているのはなぜかということであった。14歳の時、「本願寺興隆」を自分の目標と定めて以来、『教行信証』をはじめとする親鸞の教えを真剣に学んだことが、その後、大いに役立つのである。

蓮如が最重要視したのは、他の教団との差異化であり、特に威力を発揮したのが、彼の考案になる「御文(おふみ)」であった。門徒(信者)たちに口で説教するだけでなく、易しく分かりやすい文章で懇切、簡潔、明快に教えを説くのである。各寺の僧たちがこれを朗々と読み上げ、皆が競って書き写す。印刷と同じ効き目を表す。ただ一筋に阿弥陀仏にすがり「南無阿弥陀仏」と念仏を唱えて来世の幸せを願えば、仏によって必ず救われると、乱世に生きる人たちに語りかけたのだ。この蓮如の教えは、御文によって見る見る広がっていく。

組織が急拡大してからは、できるだけ外部の権威や権力と争わないように、入念に用心深く組織維持に心を砕く蓮如の姿が見られる。彼は大胆な一方で、細心の注意を払うリーダーだったのである。

親鸞の純粋さと深奥さに比べて、蓮如は俗っぽいと軽んじる人もいるが、それは皮相的な見方と言えよう。確かに親鸞は『歎異抄』で「親鸞は弟子一人(いちにん)もも(持)たずさふら(候)ふ」と述べているように、門徒は全て同朋であり平等であると考え、寺を建てず、一宗を立てなかった。これに対し、蓮如は、親鸞の思考はあまりにも創意に富み、あまりにも深遠であるが、深く純な思想だけでは教団は発展できないと考えたのである。親鸞の教えを永続させ、人に広めるのには、寺や教団が必要であり、これは親鸞に背くことになるかもしれないが、吹っ切らねばならないと覚悟を決めたのである。

蓮如をさらに深く知るには、『蓮如』(笠原一男著、吉川弘文館・人物叢書)がある。「蓮如は、時代の動きと要求を正しくとらえ、これに対応して教団を拡大させる柔軟さをもっていたのである。しかも、親鸞の教説をまげることなく、門徒たちの現世利益の要求に応じてやったのである。かれは、現世を幸福に生きぬくためには、どうすればよいかをも教えてやったのである」と喝破している。