慶大ビジネス・スクールが教えていること・・・【MRのための読書論(95)】
慶大ビジネス・スクールの白熱教室
ハーヴァード・ビジネス・スクールに範を求め、高い評価を獲得している慶大ビジネス・スクールでは何を教えているのか、これはビジネス・スクールに関心がある者にとっては興味深いところである。
『プロフェッショナルマネジャーの仕事はたった1つ――慶應ビジネス・スクール髙木教授 特別講義』(髙木晴夫著、かんき出版)は、この好奇心を満足させてくれる。しかし、私が何よりも心を打たれたのは、著者の熱い姿勢である。普段行っているビジネス・スクールの講義の概要を記せば事足りるというのに、著者は、この本のために、新たにオリジナルな授業内容を構想し、ビジネス・スクールの学生6名に7回シリーズの特別講義を行い、それを録音して書籍化するという手間をかけているからである。
たった1つの大切なこと
著者は、「優れたマネジャーは、『マネジメントに最も大切なたった1つのこと』を実践しているのです。ところが、世の中にマネジャーと呼ばれる人は山ほどいますが、その多くが、1つの『最も大切なこと』を実践できていないのです。ここでちょっと視点を変えて、マネジメントされる部下の立場に立って考えてみてください。部下たちは多かれ少なかれ、次のような疑問や悩みを抱えています。『自分にこの仕事が任された理由がわからない』『自分の仕事は会社にとって本当に意味があるのか』『自分の本来の力を発揮させてもらえない』 つまり、会社における自分の仕事と存在の価値に対して、答えを求めているのです。マネジャーの本質的な仕事とは、そうした部下たちの疑問や悩みを解決する『適切な情報を配る』ことなのです。部下たちはこのことがわかると確実にやる気になり、惜しみなく力を発揮してくれます」と述べている。私の長いマネジャー経験に照らして、全く同感である。
著者は、これを「『配る』マネジメント」と名づけ、この本の中で、その具体的な実践方法を明示している。
「配る」ために「獲りに行く」
「コミュニケーションとは、言葉を交わすだけでなく、『何かを相手に渡す、配る』という、会話以上の深い関係性を表す意味を持ちます。・・・仕事で交わすコミュニケーションは、ただ情報を伝達するという意味を超えて、『人に行動をうながす(人を動かす)』という効果まで入っている」。すなわち、コミュニケーションとは、人を動かす力のことであり、量ではなく質だというのだ。
「マネジメントという仕事とは、ヒト、モノ、カネ、情報という経営資源を、部下を中心とした周囲に『配る』ことのくり返しであると言えるのです。・・・通常は4つの経営資源のうち、若手マネジャーが配るものの大半は、『情報』になると考えられるからです。・・・マネジメントにおいて、『情報』こそすべてのカギを握る存在だからです」。
それでは、マネジャーが部下に「配る」大切な情報とは何か。それは、「状況情報」「方向性情報」「評価に関する情報」「個別業務情報」「気持ち情報」の5つである。著者が「気持ち情報」を加えているのは、さすがである。マネジャー側に「気持ち(感情、気分)を配る」という配慮がないと、部下との関係がおかしくなってしまう危険性があるからだ。
マネジャーが「情報を配る」のは、部下の動機付けを上げるためである。著者は、その方法を2つ挙げている――①「ある仕事をさせて、手応えを得る」というサイクルを体験させる、②その仕事がどんな状況の中で、どんな意味を持つのかを認識させる。
普段から部下に配るべき情報は、「①どんな状況で、それがどんな意味を持つのか、②なぜその仕事を担当するのか、③その仕事はどう評価されるのか、④上司は何を考えているのか」の4つである。
マネジャーが情報を配るためには、自分のいる場所以外の所から、情報を入手することが必要になってくる。著者は、これを「情報を獲りに行く」と名づけ、「配る」と並んで、マネジャーにとって非常に重要な仕事と位置づけている。
私は、一人でも部下・後輩がいれば、その人はリーダーだと考えている。この意味で、ビジネス・スクールに通えない場合も、そのエッセンスを学べる本書は、若いリーダーたちにとって福音だと思う。
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