榎戸誠の情熱的読書のすすめ -3つの読書論・ことばのオアシス・国語力常識クイズ(一問一答!)-

馬鹿でかい弁当を持たされた細胞と、すばしっこい細胞との出会い、それが性だ・・・【MRのための読書論(110)】

【Monthlyミクス 2015年2月号】 MRのための読書論(110)

生き延びるための戦略

生物や進化に関する書物についてはいろいろと渉猟してきたが、『性と進化の秘密――思考する細胞たち』(団まりな著、角川ソフィア文庫)には驚かされた。細胞が生き延びるために欠かすことのできない戦略として性を選択したという、通説とは異なる進化の秘密が明かされているだけでなく、進化の道筋と性がこれほど分かり易く解説されている本はないからである。

真核細胞へ、ディプロイド細胞へ

原核細胞の一部が真核細胞に進化したのは、なぜか。真核細胞のハプロイド細胞の一部がディプロイド細胞に進化したのは、なぜか。「ある単純で、小さな単位が集まって、より大きく複雑な単位を作り出す、というのは、自然界の物質の一般的な性質なのです。この性質を、階層性と言います。そして、(増えてきた)酸素の毒に立ち向かった(地球に最初に登場した)『原核細胞』の一部が、苦し紛れに融合し、さらに酸素を利用できる種類の細菌と協力して生きのびた現場は、『真核細胞』という一段より複雑な細胞、つまり生物、を生み出す現場でもあったのです」。

「(栄養や酸素の不足といった)状況に対して、当時の真核細胞たちは、合体することでこの危機をのり切る途を探し当てたと考えられます。・・・『飢餓にさいして合体する』、これが新しい真核細胞の新しい能力です」。

「(染色体が1セットのハプロイド細胞が合体して)ディプロイド細胞という、染色体を2セット持った細胞ができてみると、不思議なことに、・・・細胞同士が協同する能力が格段に上がりました。細胞間での仕事の役割分担、つまり細胞分化ができるようになったのです。たとえば私たちのからだは60兆もの細胞が集まり、互いにさまざまな仕事を分担することで成り立っています。そんな多細胞生物ができるようになったのも、ディプロイド細胞ができたからこそのことなのです」。

ディプロイド細胞の宿命

ところが、ディプロイド細胞にとって思いがけないところに落とし穴があった。「実は、ディプロイド細胞は、分裂を無限には続けられないのです。ある回数だけ分裂をくり返すと、死んでしまいます。これはディプロイド細胞に運命づけられた、どうすることもできない性質です。・・・せっかく生まれたディプロイド細胞が死んでしまいます。彼らはどのようにして死を克服して、今日まで生き続けて来たのでしょうか。その方法が、なんと一度ハプロイド細胞にもどることだったのです。・・・その死を越えるためにディプロイド細胞は、いったん不死のハプロイド状態にもどって分裂能力を取りもどし、いってみれば分裂回数をリセットするという離れ技をやってのけるのです」。

性という戦略

ディプロイド細胞はなぜ性という、ややこしい戦略を選択したのか。「性の過程、有性生殖は、ディプロイド細胞が生き続けようとするかぎり、どうしても避けられないことなのです」。「ディプロイド細胞が減数分裂してハプロイド細胞になったものを配偶子と呼びます。ディプロイド細胞にもどるためには、配偶子は2匹いなければなりません。・・・(母親から)お弁当を持ちきれないほど持たされた卵と、骨と皮だけでDNAを運ぶ精子が出会い、受精してできた卵が、多細胞生物の身体の最初のディプロイド細胞でした。受精卵は種によって決められた分裂回数、分裂能力の全てをもっている、最もフレッシュなディプロイド細胞です」。

「次の世代の身体の元になる大きな卵を少数作ることと、動きやすい、身軽な精子をいっぱい作ること、この2つのことを、個体のレベルで分業して行うこと、そのことを雌、雄といいます。・・・(受精卵の)女への分化は、しかるべき時期に精巣決定因子の分泌が始まらないことを引き金としてスタートします。要するに、放っておけば女になってしまうし、男へのメカニズムが(過程の)どこでつまずいても、雌にもどってしまうのです。このことは、男になるメカニズムが女になるメカニズムに上乗せされていることを意味します」。雌が基本で、雄は上乗せだというのだ。

地球に生物が誕生してからの38億年の歴史を180ページで割ると、1ページ当たり2,100万年が本書に凝縮していることになる。性に興味がある人、進化の知識を深めたい人にとっては必読の一冊である。