胃潰瘍・胃がんの真の原因発見は、ゼロベース思考の賜物だ・・・【MRのための読書論(114)】
胃潰瘍の原因を突き止めた研修医
「潰瘍について考えてみよう。これは簡単に言うと胃腸の粘膜に傷やただれができる症状で、焼けつくような鋭い痛みを起こすことがある。1980年代初めまでに、潰瘍の原因は完全に解明されたと考えられていた。遺伝的なものか、過剰な胃酸の分泌を促す精神的ストレスや刺激の強い食べものが原因とされていた。・・・潰瘍の原因が『わかって』いたから、治療法もわかっていた。患者は気を楽にもって、牛乳でも飲んで、ザンタックかタガメットを服用しなさいと言われた」。ところが、この学説に疑問を抱いた若い研修医がいたのである。バリー・マーシャルは、何か月もの失敗続きの後、幸運な偶然のおかげでヘリコバクター・ピロリを発見し、これが潰瘍の真の原因であることを突き止めた。このことを証明するために、彼は患者から培養したピロリをぐいっと呑み干したのである。なお、その後の研究で胃がんの原因でもあることが証明されていることはご存じのとおりだ。
これは、私にとって、とりわけ印象深い物語である。なぜなら、三共(現・第一三共)のMR活動に専念していた1986年のある日、突如、営業本部長に呼び出され、ザンタックのプロダクト・マネジャーに任命されたからである。着任直後、海外文献でピロリのことを知った私は、消化器病の当時のオピニオン・リーダーのドクターに「ピロリが潰瘍の真の原因では?」と尋ねて回ったが、全てのドクターから否定されるという経験をしたのである。
ゼロベース思考の勧め
『0(ゼロ)ベース思考――どんな難問もシンプルに解決できる』(スティーヴン・レヴィット、スティーヴン・ダブナー著、櫻井祐子訳、ダイヤモンド社)には、この物語だけでなく、ホット・ドッグの早食いチャンピオンや、健康な人の微生物でいっぱいの排泄物を患者に注入する糞便移植に取り組むドクター、最貧国の子供たちに無料で手術を提供しようと奮闘する男などの興味深い物語が記されている。これらの物語を通じて、著者が言いたいことはシンプルである。●何であろうと、先入観に囚われずゼロベースで考えろ、●知らないことは、素直に「知らない」と言え、●問題設定を変えて、凄い答えを見つけろ、●通説に惑わされず、根本原因を考えろ(ピロリの物語は、この実例)、●「分かり切ったこと」にゼロベースで向き合え、●人々が喜んで従うインセンティヴを考えろ、●止める(捨て去る)べきことは、直ちに止めろ(捨て去れ)――すなわち、フリーク(世間の慣習や常識に囚われない人)になれ、ということだ。フリークは、誰も考えたことのない斬新な「問い」を立てること、ここに鍵が隠されていそうだと鋭い嗅覚で探り当てることができるからである。その上、彼らは学びながら楽しんでいる。
フリークになることがいいと分かっていても、実行する人が少ないのはなぜか。第1に、偏った先入観に影響されている、第2に、周囲の人々と同じように考え、同じように行動するほうが楽だと思っている、第3に、大抵の人が忙しさにかまけて、ゼロベースで考え直したり、物事をじっくり考えることをしなくなっている――と、著者が分析している。
こういう人たちには、ジョージ・バーナード・ショーの言葉を贈ろう。「1年に2、3回以上、ものを考える人はほとんどいない。私は週に1度か2度、考えることで、世界的な名声を築いた」。私たちも、頑張って週に1、2度はじっくり考えるようにしようではないか。
聞く耳を持たない人の説得法
「聞く耳をもたない人を説得するには?」の章は、MRに多くのヒントを与えてくれるだろう。●主役は自分じゃなくて相手、●自分の主張が完璧だというふりをしない、●相手の主張のよい点を認める、●罵詈雑言は胸にしまっておく、●物語を語る――と具体的である。この中の、著者の、「未来を予測するのはほぼ不可能なのだ。でも政策立案者や技術評論家はそんなことをおくびにも出さない。こういう人たちは、何かの法案だろうがソフトウェアだろうが、最新のプロジェクトが必ず期待通りの効果をあげると人々に思い込ませようとする。しかしものごとが予想どおりに進むことなんてまずない」という指摘には、思わず頷いてしまった。かつて、株の信用取引で大稼ぎ、大損を繰り返し、結局、トータルでは大損した私だから、頷いてしまったのだ(笑)。
戻る | 「MRのための読書論」一覧 | トップページ