榎戸誠の情熱的読書のすすめ -3つの読書論・ことばのオアシス・国語力常識クイズ(一問一答!)-

AIが医療分野にもたらす最大の恩恵は「時間という贈り物」だ・・・【MRのための読書論(178)】

【ミクスOnline 2020年10月20日号】 MRのための読書論(178)

医療とAI

ディープメディスン――AIで思いやりのある医療を!』(エリック・トポル著、中村祐輔監訳、柴田裕之訳、NTT出版)は、まさに今、医療関係者が手にすべき必読の一冊である。医療とAI(人工知能)の関係に興味を抱いている一般の人々にも理解できるよう工夫されている。

「監訳者あとがき」に、こういう一節がある。「2020年1月後半に、米国西海岸にあるマイクロソフト、グーグル、IBMやAI開発ベンチャー企業を訪問して、人工知能の医療分野での進展を実際に見聞きして、私が予想していた以上に、人工知能の医療への応用が進んでいることに期待を寄せる一方、日本の惨状に危惧を覚えた。・・・言うまでもないが、超高齢化社会を迎えている日本にとっては、人工知能やITの活用は健康医療福祉政策として重要だ。わが国が対応を迫られている医療分野についての国家的な課題は、①健康寿命の延伸、②医療の質の維持・向上、③医療費の費用対効果の改善による医療費増加の抑制、④最適化個別医療の提供、⑤医療分野での国際競争力の強化、⑥大災害時の医療の確保、⑦医療従事者の働き方改革、⑧患者の満足度の向上などがあげられる」。

時間という贈り物

著者のエリック・トポルは、医師であるだけでなく、AIに造詣が深いので、強い説得力がある。AIこそがこれからの医療の鍵を握っていると見通しているが、AIを過度に理想化することなく、限界を承知しながら有用性を認めるという、バランスの取れた見解を示している。さらに、AIの導入は一つの手段に過ぎず、全てはあくまで患者のため、患者をないがしろにする医療から患者中心の思いやりに満ちた医療への回帰を目指していることが、本書に深みを与えている。そうした医療は、患者のみならず、医師や看護師、薬剤師を始めとする医療関係者にも望ましい効果を発揮するというのだ。

乱暴だとは思うが、著者の結論を一言で言えば、「AIが医療分野にもたらす最大の恩恵は『時間という贈り物』だ」ということになるだろう。「AIは、私たちが患者と過ごす時間という贈り物を得る助けになりうる。・・・機械の支援を受けて可能になる、より人間味のある医療が、今後の道になりうる。ディーブフェノタイピング(個人の医療データのさまざまな層についてより多く知るという、過去には達成不可能で、想像さえしなかったこと)と、ディーブラーニングと、ディーブな共感という3つの要素の組み合わせは、それぞれの患者にぴったりの予防法や治療法の提供を実現し、何十年にも及ぶ医療資源の濫用や浪費を止めることで、医療における経済危機を解消するための、重要な手立てとなりうる。だが、私にしてみれば、それはディープメディスンの副次的な利益にすぎない。ディープメディスンは、本当の意味での医療――プレゼンス、共感、信頼、思いやり、人間的であることに裏打ちされた真の医療――を取り戻す機会、それも、ことによると最後のチャンスかもしれないのだ」。

AI活用の現状と将来

AIの第一人者であるカイフー・リーの言葉が引用されている。「『私たちの課題の半分は、AIのほうが上手に、ほぼ費用をかけずに行なえることが間もなく明らかになる。これは人類が経験したうちで最も速い変遷となるだろうが、私たちはその準備ができていない』」。

「AIは創薬などの分野でも大きな影響を及ぼし始めている。そして、やがては病気の治療効果や医療行為の効率をさらに高めていくことだろう」。

「ディープラーニングや機械学習を導入する機が熟した分野は、ゲノム科学(DNA)以外にもある。ディープラーニングはすでに、遺伝子発現や、転写因子とRNA結合タンパク質、プロテオミクス、メタゲノミクス(環境中の微生物の集団から直接そのゲノムDNAを調製して解析する手法。とくに腸内細菌叢)、個別の細胞におけるデータなどを含む、生物学的情報のあらゆるレベルに応用されてきた」。

「AIとゲノム編集との組み合わせは、とりわけ重要なものと判明している。・・・がんはゲノムの異常によって起こる疾患であり、したがって、腫瘍学はAIが導入されたおかげでとりわけ大きな恩恵に浴してきた。・・・私たちはAIの助けを借りて、がんの進化についてかなり多くを知ることができた。178人の患者におけるがん細胞が変化しつづける道筋を明らかにする手掛かりが、転移学習アルゴリズムを通して分析できるようになった。これは患者の予後に影響を及ぼすものだ。・・・AIツールは、がんの体細胞変異を発見することや、がん遺伝子の相互作用の複雑さを理解することを助けている」。

「AIの利用は創薬の推進にとどまらず、研究段階での薬の適量の予測にまで及ぶ」。