ネルソン・マンデラの生涯を写真と文章で辿る、重い一冊・・・【情熱的読書人間のないしょ話(1348)】
女房は正月の準備に余念がなく、一方の私は年末・年始に読む本の確保に一所懸命です。因みに、本日の歩数は10,161でした。
閑話休題、ネルソン・マンデラは、私の尊敬する現代人の第1位に位置しています。そのマンデラの生涯を写真と文章で辿る『ネルソン・マンデラ――その世界と魂の記録』(ベニー・グール写真、ロジャー・フリードマン著、金原瑞人・松浦直美訳、西村書店東京出版編集部)によって、マンデラの素晴らしさを再認識することができました。
反アパルトヘイト闘争による27年に及ぶ獄中生活にあっても節を屈しなかったこと、出獄後、南アフリカの大統領として、白人に復讐するのではなく、黒人と白人の和解を目指す政策を推進したこと――には、頭が下がります。
「(ロベン島刑務所では)人種差別は歴然としていた。黒人の看守はひとりもおらず、白人の囚人はひとりもいなかった」。
マンデラ「刑務所では、家族の悪い知らせより、まったく知らせがないことのほうがつらい」。
「マンデラと仲間の政治犯は何カ月もの間、刑務所の中庭に運ばれてくる岩を砕いていたが、そのあとは、採石場にいって仕事をするようになった」。
マンデラ「わたしにはいかなる約束もできないし、するつもりもありません。わたしもみなさんも、つまり、国民が自由ではないからです。みなさんの自由とわたしの自由を分けて考えることはできません。わたしは戻るべきところに戻ります」。
「その面談後、マンデラはルサカの同志たちに、デクラークは前大統領とは違って、話の通じる相手だと報告している」。
「『南アフリカのみなさん』。マンデラは話しはじめた。『みなさんにお会いできてうれしく思います。わたしは、万人のための平和と民主主義と自由の名のもとに、ここに参りました。わたしはいま、指導者としてではなく、謙虚な気持ちでみなさんに仕える者として、ここに立っています』」。
マンデラ「選択を誤ってはなりません。すでに多くのことが変わり、交渉ははじまっています。しかし、この国の大多数の黒人にとって、いまもアパルトヘイトは失われずに存在しているのです」。
マンデラ「この国は生まれ変わったのです」。
マンデラ「そのなかには、アフリカ人もいれば、カラードも、白人も、インド人も、イスラム教徒も、キリスト教徒も、ヒンズー教徒も、ユダヤ教徒もいるでしょう。そのだれもが、この国の国民のよりよい生活という共通の目標をもって、ひとつに結ばれるのです・・・」。
マンデラ「その目標とは、国民のことをいちばんに考える社会を作ることであり、実現するためには我々の復興開発計画に盛りこんだビジョンを実行に移す必要があります」。
マンデラ「人間の善良さは、隠すことはできても、決して吹き消すことのできない炎なのです」。
「(3番目の妻)マシェル夫人は超然としていた――彼女の心と魂は最後まで夫とともにあった」。
マンデラ「我々の歴史について共通理解を築き、国民が和解することは、全国民が協力して長期的に努力しなければたどりつけない目標です」。
「2005年、ネルソン・マンデラの次男マハトは54歳でエイズで死亡した。息子の死因を報道関係者に発表し、86歳のマンデラはいった。『HIVとエイズについて隠すのではなく公表させていただきたい。そうしなければ、エイズはふつうの病気とはみなされないでしょう』。
マンデラ「刑務所に戻りたいと思うことがありました。その理由のひとつは、読書をしたり、考えたり、静かに内省したりする機会が釈放後はほとんどなかったからです。今後はほかのこともしつつ、もっと読書や内省の機会を増やすつもりです」。
「マンデラの仕事は、南アフリカを深い奈落の底から救い出すことだった。彼がよりどころとした武器は、彼を捕らえた者たちが取り上げることのできなかった、人間性、思いやり、倫理、信念、公正さなどだった」。これが、マンデラの人生だったのです。
個人的に意外だったのは、マンデラが3回結婚していることです。最初の妻、エヴェリン・マセとの間に4人の子を儲けたが、彼女にはマンデラのような政治に対する情熱がなかったため、13年後に離婚しています。エヴェリンと離婚した年に、18歳年下のウィニーと結婚しました。ウィニーは美しく聡明で政治的情熱を持っており、反アパルトヘイト闘争による服役の経験もあります。2人の娘が生まれたが、結婚から38年後に、ウィニーの不倫が原因で離婚します。ウィニーとの離婚から2年後、マンデラ80歳の誕生日に、52歳のグラサ・マシェル夫人と結婚しました。夫のモザンビーク大統領、サモラ・マシェルを飛行機事故で亡くしていたグラサは、有能な女性で、多言語に通じ、ゲリラ、法律家、教育相の経験があります。「マシェル夫人(最初の夫に敬意を払って姓を変えなかった)はマンデラに、彼の人生で最も尊い人間的な贈り物をした。愛し、愛される自由だ。マンデラは彼女を心から大切にし、マシェル夫人は彼を敬愛した。自分がマンデラの3人目の妻であること、彼の過去2度の結婚からは子どもも孫も生まれていることを考慮し、マシェル夫人は注意深く、上品に、慎み深く歩みを進めた」。
内容も、本の目方も1.15kgと、重い一冊です。