榎戸誠の情熱的読書のすすめ -3つの読書論・ことばのオアシス・国語力常識クイズ(一問一答!)-

クラシック音楽を巡る言いたい放題の対談集・・・【情熱的読書人間のないしょ話(3063)】

【読書クラブ 本好きですか? 2023年9月6日号】 情熱的読書人間のないしょ話(3063)

  

センニンソウ(写真1)、アメリカフヨウ(写真2)、キツネノカミソリ(写真3)が咲いています。クリ(写真4)、イチジク(写真5)が実を付けています。

閑話休題、対談集『ごまかさないクラシック音楽』(岡田暁生・片山杜秀著、新潮選書)は、クラシック音楽を巡る岡田暁生と片山杜秀の言いたい放題の対談集です。

「『バッハはなぜ音楽の父なのか』『ベートーヴェンはどうしてそんなに偉いのか』『ワーグナーはなぜあんなに長いのか』『どうしてクラシックのレパートリーは20世紀になると減るのか』云々。どれも思わず『ああでもないが、こうでもなくて・・・』とごまかしたくなる問いだ。これらに真正面から取り組むにあたり、『対談』という刑式は理想的だったと思う。少々極論を言っても、相手がフォローし、あるいは異論を唱えることで、結果的にバランスがとれることを期待できるからである。・・・ここでの議論の背景にはいつも、『どうして西洋のクラシック音楽を、21世紀の極東に生きる私たちが、いまだ当たり前のようにして聴いているのか?』というさらに大きな問いが、倍音のように響いているはずである」。

「バッハの音楽の背景には強烈なプロテスタント倫理があって、それはカトリック的なものと全然違いますよね。・・・バッハの音楽は、平等主義的なんだな。つまり『みんなで~しましょう』的に聴こえる」。

「フランス革命の変動期、モーツァルトは旧体制の中で不安を覚え、蒼ざめたりしながら浮遊感を音楽にした。不安の中でうねって、浮遊して、迷い道を行っているみたいな・・・」。「浮遊している根無し草のモーツァルト」。「最近、モーツァルトの手紙を丁寧に読んでみたのですが、ものすごく頭の回転の速い人だと改めて思いました。教養があるというタイプじゃないけれども、目から鼻へ抜けるというか、当意即妙の言葉で端的にパッと表現できる。掛け算ができたかどうかは、わかりませんけどね(笑)。モーツァルトは絶対に『バカ』じゃない。芝居/映画『アマデウス』が世間に広めた、ハチャメチャなモーツァルト像に対しては、私は常に怒ってます。どことなく風変わりな人ではあったかもしれないけれど、あれは誇張しすぎだ」。

「ひらめきでなく労作というところがベートーヴェンのベートーヴェンたる所以ですよね。諸井三郎が弟子たちに『君たちも努力すれば、バッハにはなれないが、ベートーヴェンにはなれる』と言って励ましたという。刻苦勉励する市民なんですよね」。「みんなで集って、右肩上がりの明日を夢見て『第九』を歌っているかぎり、永遠にSDGsは無理だろうと思わないでもない。ベートーヴェンの音楽が熱く語りかけるのは、『頑張れば頑張った分だけより良い明日が待っている』という、右肩上がりの時代のモデルです。しかし今はもう、勇気をもって、あえて『下がる明日』を迎えようではないかという時代の入り口に立っている」。

「この10年は音楽の聴き方にも大きな技術革新があったので、これについても話しておかなければなりません。今や音楽はインターネット配信で聴くのが当たり前になりました」。「やっぱり1時間なり2時間なり、『ブツ(CD)』を通して接してほしい。チャイコフスキーでも、ワーグナーでも、オペラならオペラで、3時間や4時間はかかる。長いです。つらいでしょう。でも、それを何とか聴き通して、初めて確かに聴いたことになる。それが、本来の音楽というもので」。

ヴィヴァルディ、バッハ、モーツァルトのCDをじっくり聴きたくなった私。