あなたの妻が、突然、狐になってしまったら・・・【山椒読書論(128)】
私は「my 図書館」を持っている。と言っても、私を大富豪と勘違いする人はいないだろうが、私のmy 図書館は、我が家から車で5分ほどの柏市立図書館西原分館という一部屋きりの小さな図書館である。交替で担当している数名の貸し出し係の女性たちの応対がいずれも親切で、気持ちがいいので、週2回は通っている。
ある日、この図書館の海外文学の文庫の棚でカミュの本を探していたところ、目指す作品は見つからず、『狐になった奥様』(デイヴィッド・ガーネット著、安藤貞雄訳、岩波文庫)という見知らぬ本の背表紙に引き寄せられてしまった。
大きな屋敷に住むテブリック氏の妻・シルヴィアは、上品で、感じがよく、人並み優れた美貌の23歳。いつものように二人で雑木林を散歩中に、突然、彼女が狐に変身してしまう。「なにしろ、テブリック夫人が、突然、狐に変身したことは、どのように説明しようと勝手だが、ひとつの確立した動かせない事実なのだ」。「思うに、ことをいっそう困難にしているのは、この変身が起こったのが、テブリック夫人が成熟した女性になっていたときであり、しかもその変身が、突如、あっと言うまに起こったことではないだろうか。まず尻尾が生え、徐々に毛が全身をおおい、成長作用によってゆっくりと全身が変化していったのであれば、途方もないことであったにせよ、社会通念と折り合いをつけるのに、それほど困難ではなかっただろう。しかし、この場合は、まったく事情が異なっている。一人まえの女性が、瞬時に狐に変身したのだ」。
以前の二人は、どういう夫婦だったのか。「テブリック氏は、かれらの結婚生活を通じて、一度も妻に裏切られたことがなかったということを考慮しなければならない。そうだ、彼女は罪のない嘘ひとつだってついたことがなく、まるで自分と夫とは、夫婦でもなく、それどころか異性同士でさえないかのように、いつも率直で、あけっぴろげで、無邪気だったのだ」。
慌てながらも、他人に見つからぬように、危険な目に遭わないようにと、狐と化した妻を必死に守ろうとする夫。しかし、次第に、妻は内面も行動も野性化していってしまう。そんな妻であっても、飽くまで愛し抜こうとする夫。
読みながら、何とも言えない感覚に襲われるが、愛とは何か、夫婦とは何か、嫉妬とは何か、幸福とは何か――を考えさせられる作品だ。
ガーネットの乳がんで死亡した最初の妻の手になる木版画が11枚も添えられている。