榎戸誠の情熱的読書のすすめ -3つの読書論・ことばのオアシス・国語力常識クイズ(一問一答!)-

現代の知の巨人6人が考えていること・・・【山椒読書論(291)】

【amazon 『知の逆転』 カスタマーレビュー 2013年10月9日】 山椒読書論(291)

知の逆転』(ジャレド・ダイアモンド、ノーム・チョムスキー、オリバー・サックス、マービン・ミンスキー、トム・レイトン、ジェームズ・ワトソン著、吉成真由美インタビュー・編、NHK出版新書)は、我々の知的好奇心を満足させてくれる一冊である。

この本は、3つの点で素晴らしい。第1は、インタビューを受ける6人が、それぞれの分野における現代の知の巨人であり、知の改革者であること。第2は、インタビューを行った吉成真由美が臆することなく、実にいい質問を発していること。第3は、6人が鋭い質問を正面で受け止め、率直に答えていること。インタビューが行われた場所が、それぞれが落ち着ける自宅やオフィスであったことも、いい影響を与えたことだろう。

例えば、吉成の「科学は宗教に取って代われるでしょうか」という質問に、ジャレド・ダイアモンドは、こう答えている。「科学では人類は生きてそれから死に、遺伝子を次の世代に伝えていくと説明しますが、人生の深い意味を提供するという観点からは、それでは十分ではないのでしょう。かといって、宗教はたしかに人生になんらかの意味というものを提供しますが、科学の観点からすると、それは偽りの説明であり、単なる気休めにすぎないことになる。天国など存在しないのに天国という概念を持ち出して、それに基づいた説明を受け入れるというのは、自分をだましているだけということになるでしょう」と、明快で小気味よい。

因みに、他の5人も、「宗教についてはほぼ全員が、他人の宗教を否定はしないけれども、自らは全く無宗教であるか、または宗教に頼らない生き方をしている。神という概念は時の支配者が都合に合わせて作ったものであって、世界を説明することも人生に意味を与えることもできていないと明言している場合もある」。

「教育にとって最も重要な要素というのはどういうものだとお考えですか」との問いに対するオリバー・サックスの答えは、こうだ。「重要なことは先生と生徒の間のポジティブな関係だと思います。そして、もちろん情報を教えることも重要ですが、最も生徒を生き生きと興奮させるのは、先生の情熱です。たとえば私の生物の先生から何よりもよくわれわれ生徒に伝わってきたのは、その先生がいかに自然や動物が好きか、どんなにそのことを話すのが楽しくて仕方がないかという、彼の情熱でした」。

ユングとフロイトについて聞かれたマービン・ミンスキーは、「カール・ユングは科学分野からとうの昔に消え去ってるでしょう。・・・ジークムント・フロイトはなかなか興味深い人物です。・・・フロイトの学生だったユングは、面白い理論を構築し始めます。・・・だからユングは、全ての人々の心は、何かテレパシーのような神秘的な方法でコミュニケートしているんじゃないか、と考えたわけです。これに対してフロイトが怒って、以来、二人は二度と口も利かないようになった。お互い相手の主張がばかげていると思ったんですね。ばかげていたのは明らかにユングのほうでしょう。でも、いまだに多くの人々が、彼の説を良しとして、意味のある心理学だと思っているようです」と、容赦がない。

吉成は6人を音楽に譬えているが、このセンスのよさには脱帽せざるを得ない。「ダイアモンドは静謐にして鋭い室内楽、チョムスキーは鮮明にして華やかなオペラ序曲、サックスはカラフルで心地よいジャズ、ミンスキーは一つのテーマにクールに焦点を当てたソナタ、レイトンはドキドキするほど生きのいいロック、そしてワトソンはサイエンスを基にしたコンチェルト、といった感じでしょうか」。

吉成に倣えば、本書は、私にとって、大好きなヴィヴァルディの「四季」のように豊饒さと奥行きを感じさせる作品だ。