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習近平は、なぜ金正恩が大嫌いなのか・・・【山椒読書論(493)】

【amazon 『習近平は必ず金正恩を殺す』 カスタマーレビュー 2014年10月28日】 山椒読書論(493)

習近平は必ず金正恩を殺す』(近藤大介著、講談社)は、近年の中国と北朝鮮の関係変化を知るのに恰好の一冊である。

「北朝鮮が突然、日本に秋波を送ってきた背景には、金正恩政権の抜き差しならない『お家事情』があった。それは一言でいえば、このまま座視していれば中国の習近平政権に『粛清』されてしまうという恐怖心である。これまで『血盟関係』といわれた中朝関係は、習近平―金正恩時代になって、いまや『冷戦状態』といっても過言ではない。原油・食糧・化学肥料という中国から北朝鮮への『3大援助』は、2014年に入って全面ストップ。中朝貿易は、かつて北朝鮮の貿易の8割近くを占めていたが、いまや先細りする一方だ。習近平国家主席は2014年7月3日、歴代の中国の最高指導者として初めて、同じ社会主義の『兄弟国』である北朝鮮より先に韓国を訪問した。それに対して北朝鮮のことは完全無視。それどころか、もはや習近平主席が、中国のいうことを聞かない金正恩政権を『転覆』させようという一歩手前まで来ているのだ」。著者は、習近平は本気だというのである。

本書は、「中国人が金正恩をバカにする背景」、「習近平が金正恩を大嫌いな理由」、「張成沢粛清で激変する中朝関係」、「習近平が金正恩を殺す方法」、「中国が北朝鮮に戦争を挑む必然」の各章で構成されているが、実証的に論が進められていくので、説得力がある。

著者の中国ウォッチの方法は、実にユニークだ。「私は、習近平時代を迎えたいまの中国が、何か新しい動きをした際に、そのベールに包まれた真相を見極めるうえで、いつも心がけていることがある。それは、習近平を(彼が尊敬している)毛沢東に見立てて類推するのである。もしもいま、毛沢東主席が生きていて中国を統率していたならばどうするだろうかと考えてみるのだ。それによって、習近平という政治家の『心の襞』が読み取れるのである」。

「(2013年)2月27日には、英『フィナンシャル・タイムズ』に衝撃的な寄稿文が掲載された。筆者は、前年秋まで習近平総書記が校長を務めていた中国共産党の幹部養成学校・中央党校の機関紙『学習時報』の鄧聿文副編集長である。内容は、『中国は、核実験を強行した北朝鮮との関係を見直し、朝鮮半島の統一は、北朝鮮とではなく韓国と手を携えて目指すべきだ』というものだった。中国共産党の中枢にいる人物が、実名でこれほどはっきりと同盟国の北朝鮮を批判したのは初めてのこと」であった。

「一言でいえば、金正恩は政治家として未熟なのだ。父親の金正日総書記は、丸20年かけて一歩一歩後継体制を築いていった。そのため、冷酷無比で冒険的な一面もあったが、その一方で、このうえなく細心で慎重に行動する老獪な政治家だった。それに較べて、若い金正恩には、冷酷無比で冒険的という父親の片面のみが表れていた。そして軍の歓心を得るため、にわかに軍よりも強硬になろうと努め、常軌を逸した強硬策に出るというわけだ。その結果、北朝鮮はますます疲弊していく・・・」。

「この日(2013年12月12日)、金(正恩)第一書記は、北朝鮮の実質上のナンバー2だった張成沢朝鮮労働党行政部長を。処刑してしまった。しかも、機関銃弾を100発近くも撃ち込んだあとに火炎放射器で燃やしてしまうという、これ以上ないほどの残忍なやり方だった」。金正恩は、自らパンドラの箱を開けてしまったのである。

「習近平主席が金正恩第一書記を『見放す』大きな契機となったのが、張成沢朝鮮労働党行政部長の処刑だった。張成沢部長は、北朝鮮と中国を結ぶ『架け橋』の役割を果たしていたからだ」。

張成沢が粛清された理由としては、次の4項目が考えられている。①金正恩第一書記が、張成沢の強大な権力を目障りに思ったこと、②張成沢を初めとする改革開放派(親中派)と、朝鮮人民軍の強硬派幹部(国粋派)との権力闘争、③張成沢の中国での『個人蓄財』と、中国で亡命生活を送る(金正恩の異母兄)金正男への送金の発覚、④張成沢と金正恩第一書記夫人・李雪主との過去の愛人関係の発覚。

習近平政権は、今後どういう道を辿るのだろうか。「習近平がこの(官位売買)システムを崩壊させたことによって、人民解放軍は激震に見舞われた。これまで『甘い汁』を吸い続けてきた軍幹部たちの離反を起こさせないためには、習近平は、彼らを本来の任務、すなわち戦争に追い立てるしかない。2014年8月1日の建軍87年を記念して3海域(渤海・黄済・東シナ海)同時の軍事演習を敢行したのは、習近平の決意の表れと見るべきだ。一方、軍幹部たちも贈賄による出世の道が断たれたため、ことさら対外的に強硬な軍事威嚇を行い、習近平の覚えをめでたくするしか出世の道はない。いずれにしても戦争は必然の道なのである」。

「国内でも国外でも、習近平政権はこの先、(経済的に、そして外交面でも)窮地に陥っていくことが予想されるのである。そうなった場合、習近平主席は、どこかで中央突破を図ることになるだろう。つまり周辺国との『開戦』である。毛沢東や鄧小平の前例を見れば明らかなように、戦争は中国国内で、指導者の求心力を急上昇させる」からである。「当初想定していた日本、フィリピン、ベトナムの3ヵ国とも、『開戦』はできない。正確にいうと、できないことはないが、それをやると返り血を浴びて、長年苦労してようやくつかんだ自己の政権が崩壊してしまう可能性が高い。そのため、戦略の再構築を迫られたのである」。その新たな「恰好の標的」が、金正恩が統治する北朝鮮だというのである。

本書は、中国側から北朝鮮を見ている点、習近平と金正恩の怨念関係に焦点を絞っている点で、類書が見当たらず、貴重である。