榎戸誠の情熱的読書のすすめ -3つの読書論・ことばのオアシス・国語力常識クイズ(一問一答!)-

派閥争いに負けたサラリーマンの場合・・・【山椒読書論(611)】

【読書クラブ 本好きですか? 2021年11月24日号】 山椒読書論(611)

コミックス『人間交差点(6)――紺碧の宴』(矢島正雄作、弘兼憲史画、小学館)に収められている「真昼の漂流」は、長らく組織で出世競争を繰り広げてきた私には、身につまされる物語である。

課長の石原は、部長から、男子課員を一人削れと指示される。「何故、そんなことをする必要があるんですか!? うちの課は業績だって悪くないし、人間関係もうまくいっています」。「新井新常務からの命令だ、しょうがないだろう。西田本部長が常務争いに敗れて会社を去った以上はね・・・我々は西田派だったんだから」。

石原は、思いがけない場所で、自信満々だった頃とは打って変わった、うらぶれた恰好の西田に再会する。「に、西田本部長・・・!? たった半年しか経っていないのに・・・随分、老けたなあ!!」。

公園のベンチでの会話。「君はこの公園で、こうやってベンチに座ったことがあるかね?」。「いえ」。「私もそうだった。会社のこんな近くにあるのに一度も来たことがなかった・・・今はね、昼間は毎日のように、ここに座っているよ」。「菓子パンをかじりながら、一人ポツンとベンチに座ってね・・・つくづく考えるよ、俺の人生は何だったんだってね。・・・出世だけを生甲斐に生きて来たサラリーマンの俺から、会社をとって人間として何が残るか・・・ここで冷静に考えてみた・・・」。

部下の子会社への異動を、新井常務に胡麻を擂りながら報告する部長の傍らで、石原は「わたしは納得がいきません。とだけ言うのが精一杯だった・・・」。「そして、それがどんなに常務と部長を不快にさせるかわかっていた・・・。でも、その一言だけは自分に対するポーズかも知れないが、言っておきたかったんだ・・・」。

公園のベンチでパンをかじりながら、「これから、時々は、この公園に来てみよう・・・」――余韻が残るラスト・シーンである。