榎戸誠の情熱的読書のすすめ -3つの読書論・ことばのオアシス・国語力常識クイズ(一問一答!)-

電車の真向かいの席に座っていた青年が、突然、消えたのはなぜか・・・【山椒読書論(620)】

【読書クラブ 本好きですか? 2021年12月3日号】 山椒読書論(620)

コミックス『人間交差点(11)』(矢島正雄原作、弘兼憲史作画、小学館文庫)に収められている「過去を持つ愛情」は、32歳の独身女性の物語である。

「私は、生きるのが少し苦しいぐらいが好きです。少し無理をしないと淋しさに負けてしまうぐらいの自分が好きなのです・・・32歳まで、特別な意味があって独りでいた訳ではありません。人並に結婚を望んだ時期もあったのです。ただ異性に関しては、無理をすることが苦手だっただけなのです・・・」と、物語は始まる。

「その人は、知的な感じのする青年でした・・・」。他には乗客がいない車両の真向かいの席に座っている青年に好感を持つが、突然、その青年が消えてしまったのである。「え?」。「ほんの何秒かで通り抜けてしまうトンネルなのに、通り抜けた時は。その人の姿はなく、背後にあった静かな海だけが車窓に広がっていたのです」。

「探して欲しいのです。そのいなくなった男の人を・・・私は絶対に見ているのです。じゃないと、気持ちの整理がつかないのです。私がもし幻覚の、実在していない人間をあれだけハッキリと見たとしたら、本当に病気としか思えません。それに・・・その人が、私の、小さい時に死んだ父の顔によく似ていたので、とても・・・気になるんです」と依頼された私立探偵の松本が熱心に調査したが、どうしても突き止められなかった。

それから6か月後、意外な真相が明らかになる。