独特な絵で知られるギュスターヴ・ドレとの対話が愉しめる画文集・・・【山椒読書論(707)】
『ギュスターヴ・ドレとの対話』(谷口江里也著、ギュスターヴ・ドレ絵、未知谷)は、独特な絵で知られるギュスターヴ・ドレの作品を用いて多くの本を書いてきた著者ならではの画文集に仕上がっている。
「私にとって、とても身近な存在であるドレと、これから気ままな対話をしてみたいと思います。対話といっても、こちらが一方的に語りかけるスタイルですが、イメージとしては、語りかけている私の前にはいつもドレがいて私の話を静かに微笑みながら聴いている、といった感じになるのではないかと思います」。
「あなたと同時代を生きたバイエルン王国の国王ルートヴィッヒ2世が国を傾かせるほどの財を投じて建設させた、かの有名なノイシュヴァンシュタイン城は、あなたが(アーサー王の物語の挿絵に)描いた絵のイメージをモデルにして創られたと言われています」。
「これは『ドン・キホーテ』の巻頭を飾った作品です。・・・確かに、この絵を見ればわかるように極めて精緻な絵を満載した『ドン・キホーテ』をたった1年で制作するというのは、まさしく狂気の沙汰です。まるで幻想と現実との見境をすっかり無くしてしまったドン・キホーテの狂気が乗り移ってしまったかのようです」。
「通常は白い紙の上に墨などの線で描きますが、あなたはそれの逆の方法、深い墨色の上に白で絵を描くような方法を開発したのでした。・・・あなたはこの技法を、不思議な時空間での出来事を描く際にしばしば好んで用いました。次の絵は『新約聖書』の『ヨハネ黙示録』のなかのヨハネが見た幻影の、蒼ざめた馬にまたがった『死』が『冥界(よみ)』を従えて現れる場面です」。
「この絵は、ロンドンのシティの市長公邸でのシャンデリアの下の舞踏会の様子を描いたものです。・・・しかしあなたは、たとえばこんな絵も描きました。・・・住む家は勿論、安宿に泊まる金もない人たちが冷たいロンドンの路上に溢れ、それを多少なりとも救済するため、というより凍死者をあまり出してはまずいということで、夜間避難所がいくつもつくられましたが、そこに入れてもらって夜を過ごせる人の数は限られていました。絵には中に入ることができなかった多くの貧しい人々が、それでも降りしきる冷たい街の中で待っています。手前の帽子をかぶった人、そして後ろ姿の破れたコートを着た人は裸足です。あなたはこのような人たちから目を背けることができませんでした。『ロンドン巡礼』にはこのような人々が大勢登場します」。
「あなたは最初からそうであったように、単なる挿絵画家でも、あくまで平面芸術にこだわる一般的な画家でもなく、言葉で描かれた時空間を絵という異なるメディアによる視覚的な時空間をミックスさせることによる相乗効果を自ら演出し、その展開を楽しむ時空間表現者でした」。さすが谷口江里也、ドレの本質を鋭く衝いている。
しばし現実を忘れたいとき、読み返したくなる幻想的な一冊だ。