北関東連続幼女誘拐殺人事件の真犯人は、「ルパン三世」に似たこの男だ・・・【続・独りよがりの読書論(30)】
尊敬と怒り
『殺人犯はそこにいる――隠蔽された北関東連続幼女誘拐殺人事件』(清水潔著、新潮文庫)を読み終わった時、強烈な3つの感情が込み上げてきた。
感情の第1は、著者・清水潔の人間性と記者魂、ジャーナリスト魂に対する驚愕と尊敬の念である。
第2は、5人の幼女を誘拐し殺害した犯人に対する怒りである。
●1979年 栃木県足利市 福島万弥ちゃん 5歳 殺害
●1984年 栃木県足利市 長谷部有美ちゃん 5歳 殺害
●1987年 群馬県尾島町 大沢朋子ちゃん 8歳 殺害
●1990年 栃木県足利市 松田真実ちゃん 4歳 殺害
●1996年 群馬県太田市 横山ゆかりちゃん 4歳 行方不明
第3は、漫画の「ルパン三世」によく似た男に対する捜査を行おうとしない捜査当局に対する怒りである。
「ルパン三世」に似た男
「3年から6年というスパンをおいて、事件はまるで栃木/群馬県境を往復するように発生していた。17年間に、5件の幼女誘拐・殺害事件が半径10キロ圏内で起きている」。「事件の『共通項』を並べてみる。場所や日時の類似もそのまま『犯行の手口』ということになる。●幼女を狙った犯罪である。●3件の誘拐現場はパチンコ店。●3件の遺体発見現場は河川敷のアシの中。●事件のほとんどは、週末などの休日に発生。●どの現場でも、泣く子供の姿などは目撃されていない」。それまでは別々の事件と見られていたこれらを同一犯による連続幼女誘拐殺人事件と睨み、「北関東連続幼女誘拐殺人事件」と名付けたのが著者である。
松田真実ちゃんが命を奪われた事件、通称「足利事件」については、当時、「犯人」として菅家利和さんが逮捕・収監され(後に冤罪と判明)、「解決済み」とされていた。それならば、その後に横山ゆかりちゃん事件が起きているのはなぜか、この疑問が著者に調査を続けさせたのである。
足利事件の2人の目撃証言者に、著者は辿り着く。これらの証言は菅家さんを犯人としたい警察から無視されたものだが、証言者の1人が著者にこう答えている。「男は、あんまり若くないね。・・・はしっこそうな(すばしっこい)男だった。ひょろりとした感じでね。そう、漫画のルパン三世、あれにそっくりだったんだよ。感じがね」。
さらに、横山ゆかりちゃん事件の誘拐現場となったパチンコ店の防犯ビデオに写っていた、ゆかりちゃんに話しかけ、店外に連れ出したサングラス、野球帽姿の男について、自分が見た足利事件の男と類似していると、足利事件のもう1人の目撃者が証言したのだ。
著者は、毎日のように栃木と群馬の県境を行き来し、パチンコ店をしらみ潰しに回り、聞き込みを続けて、「ルパン」を追い詰めていく。「次第に見えてきた『ルパン』の動きはこんな感じだった。独身。週末になると県境を行き来する。足利や太田のパチンコ店に現れては一日中タバコをくわえて玉を弾く。知りあいらしい幼い少女と手をつなぎ、背負い、親しげに話し、抱きしめて頬ずりをする姿も何度も確認した」。
粘り強い地道な調査が実り、遂に、著者が真犯人と確信する「ルパン」の氏名と住所を突き止めることができた。そして、栃木県警も群馬県警も動いてくれないならと本人を直撃するのだが、この件(くだり)は圧巻である。「(『ルパン』の家の)薄暗い街灯の下に現れたのは、写真よりは老けてはいたが、やはりどこかルパン三世に似た中年男だった。名乗った上で、過去の事件を取材している記者であることを伝える。・・・まずは90年5月12日、『足利事件』当日のことを男にぶつけてみた。・・・闇の中の禅問答のようなやりとり。同じ質問を重ねていくにつれ、男の回答はブレていく。男はついに、事件当日、足利にいたことを認めた。しかもその場所とは事件の現場だ。殺害された松田真実ちゃんが行方不明となったパチンコ店である。それだけではない。『あまりよく覚えていない』と言っていた男が、実は真実ちゃんと会ったことがあり、会話まで交わしていたことを認めたのだ。・・・今度は『横山ゆかりちゃん事件』についてだ。『太田市内でも女の子が行方不明になっていますが、そのパチンコ店には行ったことは?』。男は即答した。『あぁ、知ってます。あの店には行ったことがありません。出ないんですよ』。行ったことがないはずのパチンコ店の出玉について明言する矛盾には気づかぬまま男は続けた。『あの日は自分は、あの店に行ってません』。前言と矛盾する上、尋ねてもいない事件当日の行動を懸命に語るなど、相当に混乱しているとしか言えない。そもそも、やりとりの中で私は、ゆかりちゃん事件の発生日も、店名すら伝えていない。にもかかわらず、12年も前の自分の行動を、突然訪れた記者に即答できるとは。11キロ離れた2つの現場に出没し、連続事件の犯人として全ての条件を満たす男との会話は、いろいろな意味で私の心に刻まれた」。
さらに、「私が追い続けてきた『ルパン』と、『足利事件』の真犯人のDNA型が一致した」。
真犯人が逮捕されない理由
菅家さんが足利事件の犯人ではなく冤罪であったことが明らかになり、釈放された後も、真犯人を追及する動きが見られなかったのは、なぜか。「(松田真実ちゃん事件と横山ゆかりちゃん事件の)2つの事件が『同一犯』であると認めたら、いったいどうなるか。『足利事件』で正しい捜査が行われていれば、『ゆかりちゃん事件』は起きなかった・・・ということになってしまう。再発防止どころではない。広域捜査を所管すべき警察庁のプライドはズタズタになる。栃木県警に捜査一課長を本部長として送りこみ、何が何でも逮捕をと意気込んで、まだ完成していなかったDNA型鑑定を推進、科警研に実施させた警察庁だ。誤認逮捕を引き起こした上、真犯人によって『横山ゆかりちゃん事件』が起こったなどとは絶対に認めたくないだろう。それでも国会で追及され、5件の同一犯説を無視できなくなった警察庁はどうしたか。次は『時効』(を持ち出したの)である。あくまで捜査を行おうとしない」。「(足利事件と飯塚事件の)2つの事件の真犯人のDNAさえ封印すれば、鑑定の闇は永久に閉ざすことができる。これこそが、捜査当局が何としても葬りたい真実だったのではないか」。
「この事件が葬られる当然の理由があったのだ。(MCT118法によるDNA型の)『18-24』である『ルパン』を逮捕してしまえば、科警研の誤判定が確定する。それは、死刑が執行された『飯塚事件』にも重大な影響を与えることになるだろう。そんな『爆弾』を抱えこんでまで『ルパン』を逮捕しようと決断する人間が、霞ヶ関にいなかったのだ。かくして、『北関東連続幼女誘拐殺人事件』は『爆弾』と共に葬られようとしている」。
記者魂
「そもそも報道とは何のために存在するのか――。この事件の取材にあたりながら、私はずっと自分に問うてきた。職業記者にとって、取材して報じることは当然、仕事だ。・・・謎を追う。真実を求める。現場に通う。人がいる。懸命に話を聞く。被害者の場合もあるだろう。遺族の場合もある。そんな人達の魂は傷ついている。その感覚は鋭敏だ。報道被害を受けた人ならなおさらだ。行うべきことは、なんとかその魂に寄り添って、小さな声を聞き、伝えることなのではないか。権力や肩書き付きの怒声など、放っておいても響き渡る。だが、小さな声は違う。国家や世間へは届かない。その架け橋になることこそが報道の使命なのかもしれない、と」。我が国にこういう気骨のある記者、ジャーナリストがいることを知り、心底嬉しくなった。
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