榎戸誠の情熱的読書のすすめ -3つの読書論・ことばのオアシス・国語力常識クイズ(一問一答!)-

出世街道から窓際へ転げ落ちた私に自殺を思い止まらせた本・・・【続・独りよがりの読書論(31)】

【地域の読書活動を推進する情報紙「読書の輪」 第38号(2017年7月号)】 続・独りよがりの読書論(31)

出世街道を驀進していた私は、突然、勝利の女神から見放され、失脚してしまいました。頭の片隅に自殺がちらつく、辛い窓際の日々が始まりました。

心が暗闇に閉ざされていたある日、『夜と霧――ドイツ強制収容所の体験記録』(ヴィクトール・エミール・フランクル著、霜山徳爾訳、みすず書房)に出会ったのです。

著者のフランクルは少壮の精神科医として、結婚したばかりの妻とオーストリアのウィーンで平和に暮らしていたのですが、突如、ユダヤ人という、ただそれだけの理由で、ナチスによって強制収容所に送られてしまいます。そして、そこで両親も妻も命を奪われ、彼だけがこの本に描かれている凄惨な状況の中を生き延び、奇跡的に生還することができたのです。

彼は、精神的、肉体的にぎりぎりの状況下にあっても、酷寒の屋外での辛い行進や労働の最中に、心に思い描いた最愛の妻と会話を交わし続けることで、彼女から慰められ、励まされ、勇気づけられたのです。

考え方が甘い私はフランクルに教えられたのです。諭されたのです。励まされたのです。私には大切な者がいるではないかと。窓際族ではあっても命まで奪われることはないだろう、この程度の逆境を耐えられなくてどうするんだと。この日以降、私は歯を食いしばって生き抜きました、いつか捲土重来を期す日が来ることを信じて。

崖っ縁に立たされた私でしたが、人生最大の危機を『夜と霧』に救われたのです。